悪霊!!?ちがう、この数、、光衣霊!!??いや、普通の霊じゃない、紛れもなく、悪霊!!!
さっき後ろの方でガタっ、と音がして、振り返って見ると、一体の霊が2m程先の生徒の頭上に漂っていた 。
そして、すぐ次に僕の足元からも複数の悪霊が浮かんだ。いや、隣からもいや、その隣からも・・
なんだこれ!?なんだこれ!!??こんなにひどいの!?話は聞いていたけど、こんなに・・
「高志紀!!」聞きなれない声が体育館に響く。僕は、すぐに天井を見上げた。
どっ、と周りの生徒達がどよめき、パニックになった。パイプ椅子が床に転げ、狭い体育館内で
生徒達は悲鳴を上げながら必死に揉み合っている。逃げようとすると、他の生徒にぶつかり
それが連鎖して、怪我人が出そうなくらいの大暴走になった。
ぐっ、と僕の顔にも誰かの背中がぶつかってきた。くそっ、邪魔だ!!邪魔だぁぁぁ!!
どけぇぇえぇl!!!
僕はとっさに、パイプ椅子に登った。腰の辺りで学生達がおしくら饅頭状態でぶつかり合う。
パイプ椅子の上から、やっと壇上のおっさん、来賓席、教師達の姿を見回せた。
体育館は騒然としている。そりゃぁそうだ。もはや天井が見えない。とんでもない数の悪霊が
浮かんでいるのだ。さっそく、人を襲いだしている悪霊もいる。
僕も、瀬尾本家の仕事でいくつもの悪霊を見てきたが、これほどまでの量は見たことが無い。
同時発生の悪霊として、最大でも同時に30体前後。これは、100体以上はいるぞ!!!
教師達が体育館のドアを開けようとしている。しかし、そこにも逃げ出した生徒達がぶつかっている。
「何やってんだっ!」思わず声に出た。全体を見回し、誠児を探す。
「ぎゃぁっ!」「うあぁぁあ!!!」「キャーーー!!」「おちつけ!!」「逃げろぉぉ!!」
さまざまな叫び声が体育館を埋め尽くす、その中で、僕は逆に冷静になっていった。
「高志紀ぃぃぃ!!!!」また、誠児を呼ぶ叫び声が聞こえた。さっきのとは違う声。
そうだ、今ここには悪霊駆除委員会が全員揃っているんだ。まだ紹介もされていない悪霊駆除
委員会の見知らぬ面々が、連携を取ろうと必死になっているのだろう。
しかし、まずいぞ、この数!この人数!!喰われ放題だ!!
「せぇぇぇぇぇいじぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
僕は、パイプ椅子の背もたれに片足を乗せ、もぅ片足をパイプ椅子に乗せ、叫んだ。
やっと、生徒達が体育館から少しずつ逃げ始めた。壇上にはもう誰もいない。
生徒達や教師の怒鳴り声、パイプ椅子がぶつかる音でかなりうるさい。
「ときぃぃ!!!!!」
後ろから声がした。振り向くと、体育館の端っこでムラクモを肩に構えた誠児が視界入った。あの身長でも 顔しか見えない。
誠児はこっちを凝視したまま、ムラクモを袋から出し初めた。
今度は、壇上に視界を移す。すると、そこにはモバイルPCを持った生徒が一人仁王立ちしていた。全身が 見える。
制服をバリッと纏い、綺麗な姿勢で佇む男子生徒。短髪で、まだわずかに幼さの残った顔立ち。右手で横幅 20cm程のパソコンを
持ち、左手で頭に装着されたヘッドセットを押さえている。体育館全体と、パソコン画面を交互に見ている 。
何やってんだ?と思ったが、あれもきっと悪霊駆除委員会の一人なんだな、と思った。あのヘッドセットで 連携とっているのか、
しかしパソコンなんて持って何してんのか。思わず「なんだあれ」と呟いてしまった。
次の瞬間、天井にいた100体近い悪霊達が一斉に生徒を襲い始めた。「っ!!」天井付近に停滞していた 光の球体達が一斉に
降下し、凄い勢いで動き始める。球体の半分くらいが裂け、凶暴な大きな口のような姿を形成した。
逃げ惑う生徒、身長の低いメガネをかけた新入生が悪霊に捕まる。「う!」と声を出し、新入生は動きを止 めた。
透明な球体は、新入生の頭に張り付き、そして頭から光のようなものを吸い取り始めた。
悪霊が記憶を食べている光景、そのものだった。
まずいっ、!!そう思い、腰に手を当てたが・・呪符が無い!!!!「ちっ、」思わず舌打ちする。
ひとしきり記憶を食べられた新入生のメガネの少年は、その場に倒れこんでしまった。その光景を見ていた がどうしても近づけない。
あまりにも逃げ惑う生徒達が邪魔になって仕方がないのだ。パイプ椅子と生徒達に紛れ、今はもぅその新入 生の姿も確認できない。
再び周りを見渡すと、今度は逃げ惑う生徒達をかきわけ、僕に近寄ってくるロングヘアーの女子生徒が見え た。
「どけっ」「くぉらっ!」「うぜっ」生徒の背中を押しのけ、時には足で蹴り、「どけっ!ボケがっ!」な どと言いながら近づいてくる。
手に何か持っている。誠児は何処行った!?パイプ椅子の金属音と、悲鳴、体育館を揺らすような足音で耳 が麻痺しそうになる。
いた!壇上だ。モバイルPCを持つ男子生徒と合流し、何か叫びあっている。誠児もヘッドセットを装着し ていた。
ムラクモが、鞘から抜かれた。その日本刀は妖しい光をたたえた。瀬尾家から伝授された、誠児の武器らし い。
壇上から男子生徒とパソコン画面を確認しながら、体育館全体を見回していた。落ち着きなく体を動かし、 、顔は高潮している。
まだこの状況で自分が攻撃に入れない事を分かっているのだ。当然だ。この状況で、まだ日本刀は振り回せ ない。
その姿を確認し、僕は「せいじぃぃ!!!!」と壇上めがけて叫んだ。 入学式直前、僕は誠児に呪符を預 けていたのだ。
僕の除霊道具は、おじい様から受け継いだ呪符。これがなければ話にならない。攻撃に転じる事ができず、 状況を見守る事しかできない。
「たっ、たすけてぇぇぇ!!」叫び声はまだ体育館の中で連続していた。「ぎゃぁぁぁ!!」生徒や父兄の 数人が、また記憶を食われた。
その姿を見ながら、幾分人が減ってきたかな、そろそろ・・と思った次の瞬間、ふっ、と誰かが僕のズボン をつかんだ。
突然の事に、全身が硬直する。汗が吹き出る。ふと腰らへんへ視線を落とすと、さっき叫びながら近づいて きていた女子生徒がいた。
手に何かを持っている。へっ?と思う間もなく「お前だろ!?トキって!!」と女子生徒が叫んだ。
「そうだけどっ!?」騒然とする体育館内でも聞き取れるよう答えると、女子生徒は僕の胸ぐらに呪符とヘ ッドセットを突きつけた。
よく見ると女子生徒もヘッドセットをしていた。
そのまま、僕は何も言わず、ヘッドセットを装着した。腰に呪符を下げる。女生徒はすぐにまた別の方向へ 移動し始めた。
「ときぃぃいっぃい!!!」壇上からまたしても誠児の叫び声がした。ふっ、と視線を誠児に向ける。
誠児は壇上で拳を握り、足を開いてこっちを睨んでいた。
「今から、お前が委員長だぁぉあ!!!」
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俺は、今この状況では、まだ何も出来ない。生徒達が早く逃げてくれるのを待つだけだ。
それでも、今できる事は最大限までやる。委員メンバーに指示を出し、連携を取る。
そして、この悪霊達に、最大の攻撃を与える。二番目の男だから出来る、唯一の事!!
悪霊達に、悪霊駆除委員会-委員長-瀬尾都紀の誕生、という攻撃を!!!
(高志紀 誠児)
ちょっとちょっと!!!これどぅいう事!!痛い!痛い押さないでよ!!!
悪霊、こんなに出るって絶対ヤバいでしょ!!??どうしよ、どうしよ!!
これ、瀬尾一門として戦うべき!!??
え、高志紀先輩!!??都紀!!??何やってるの!!!??うそ!!??
もしかして、戦うつもり!!???私達だけで、なんとかするつもりなの!!!???
(高志紀 加奈子)
神野、よく聞こえない!!!って、うぜぇよこいつら!!!
あん?委員長?誰が?あそこにいるチビ!!??あ〜、あれが瀬尾都紀か!?もしかして!!
すげー!いきなり瀬尾都紀の除霊見れるのかよ!
よっし、いっちょやってやるか!!!!お前らさっさと逃げろ!
(巴円)
さすがに、足が震えるね、これは。円、西側にいるんだね、加納さんは、相変わらず
無鉄砲だなぁ、、この状況であんなに落ち着いてるのは凄いよなぁ・・。
さて、新委員長も決まった事だし、ちょっと頑張りますかぁ〜。
瀬尾一門の本家本元の子息、瀬尾都紀。期待してるよ。
(神野 達郎)
うっぜ!邪魔!どけ!!死ね!!!!って、あぁ、やっと届けれたし。
やったよー、リーダー。さて、こっからどうすんのよー、この状況。
さすがにビビるわ、この数!!
さて、頼むよ、新リーダー。略してちっこいの。いてっ、邪魔だ、ボケぇぇ!!
早く逃げろ!!!
(加納 由香利)
体育館の中で、無数の悪霊が飛び交っている。生徒達も20人程逃げて、やや動きやすく
なったかも。体育館から外に出た悪霊もいるね。
僕は、口にヘッドセットのマイクをぐっと近づけて、言った。
「瀬尾一門、瀬尾家、瀬尾都紀です。よろしく」
そう言うと、ヘッドセットから声が聞こえてきた。「よろしく!」「実力見せてくれ!」
「挨拶してる場合かよw」「よろしくな!」「頼むぜ、新委員長」
僕は、パイプ椅子に登ったまま声に耳を傾け、体育館すべてをぐるりと見回した。
体育館出口の付近で、女性教師が必死に生徒を誘導している。叫び声、悲鳴も響き続けている。
パイプ椅子を振り回し、必死に応戦している、背広を着た教師が叫んだ。「アクジョ委員っ!!」
舞台の上の誠児に目をやる。僕の方を見て、こくり、とうなずいた。
とうとうこの時がやってきました。
照(あきら)、僕、照が瀬尾家当主として勤めを果たす分、ここで僕も頑張るからね。
行くよ。
「倉北高校、悪霊駆除委員会ぃぃぃ!!!!!!!!行くぞぉぉぉ!!!!!!!!」
誠児の気合の入った叫び声が、体育館に響いた。
(瀬尾 都紀)3
■6
バネのように、上半身が右回転する。左手で腰の呪符を一枚取り出した都紀はそのまま
反動のようにもの凄い勢いで呪符をほうりなげた。
紙を空中に投げた時のような空気抵抗もなく、都紀の上半身から加えられた力そのままに
呪符は光をまとい、まるでブーメランのような軌跡で体育館を舞った。
そのまま、間をあける事なく都紀の右手は呪符を掴み、今度は体育館の扉めがけて
まるで手裏剣をなげるかのように投げた。
彼の手を離れた呪符は例外なく黄緑色の怪しい光を放ち、そのスピードは時速100キロを
超えた。
光る呪符は、体育館から逃げる生徒を追う悪霊の体を切り裂き、そして消していく。
呪符により切り裂かれた悪霊は、光の粒子になりばらばらに散っていった。
ガシャッ!とパイプ椅子が倒れた。その時、都紀は既に空中にいた。
悪霊達がいた床上2m以上の場所まで跳び、さらにそこから新たな呪符を投げていた。三枚の呪符は
それぞれ楕円形の軌跡を残し、回転する。
空中で一回転し、着地した都紀は呪符の軌跡を目で追った。その眼差しは、普段の穏やかさを微塵も感じさ せない。
パイプ椅子を蹴散らしながら必死に逃げる男子生徒、それを追う二体の悪霊。
うすく、ぼんやりとした白い光をゆらしながら、悪霊は漂う。生徒の駆け足と同じくらいのスピードで、ゆ っくり
しかしじわじわと移動し、追い詰めていた。
その体が、黄緑色の閃光に切り裂かれる。一体の悪霊が散る。もぅ一体は進路を変え来賓席の父兄にターゲ ットを買えた。
逃げ遅れた30代の茶髪の女性に近寄る。女性は完全にパニックになり、「はっ、はぁっはぁっ」と息を乱 していた。
悪霊を正面に据えた状態で、後ずさりしながら逃げる。パイプ椅子に邪魔をされなかなか逃げ切れずにいる 。
女性の目の前まで三体の悪霊が近づいた時、二枚の呪符が視界を遮った。正確に言えば、ただの派手な黄緑 色の光の帯だ。
風を切るような轟音がしたのち、見えたのは、軌跡を残し舞う二枚の呪符、のようなもの。
黄緑色の光が悪霊をとりまき、そして消していく。 白いぼんやりした光の球体が、粒子になり散っていく のだ。
「はやく!」女性の手を取ったのは高志紀加奈子。中腰になりかがんでいた女性は加奈子の顔を見上げた。
加奈子は顔中に汗をかき、耳まで真っ赤になっていた。
遠巻きに、女性と加奈子がパイプ椅子をよけ走り出す姿を見、都紀はまわりを見回しなおす。振り向いたそ の瞬間、
目の前に大きく口を開けた悪霊がいた。「!!」白い光が、こんな近距離ではまぶしいなんて。
悪霊との接近戦はこれが始めて。一瞬躊躇する都紀だったが、次の瞬間すぐに後方へ跳躍した。
後ろも見ず、後方のパイプ椅子を蹴る。スペースを確保。悪霊との距離1m程。都紀の瞬間的な動きに対応 できず
悪霊は噛み付くようなアクションを見せる。空振り。残念。しかし、いかんせんパイプ椅子が邪魔すぎる。
次の呪符を腰のスリットから取り出す。右手で、手首のスナップをきかせる。掌屈、呪符装填。背屈、呪符 発射。
瞬きの間も許さない高速な動作で、呪符を排出していく都紀。二枚の呪符が目の前の悪霊を散らせた。
ガッシャーーーン!!ひどい音がする。金属と金属のぶつかり合い。それも一度ではない。二度、三度。
「うぉらぁぁぁぁ!!」野蛮な声のおまけ付きだ。都紀から見て10時の方向。女子高生が暴れている。し かも、バットを持って。
悪霊を浄化させた呪符はボロボロになり、まるで焼け焦げたように床に落ちていた。
なんとか原型をとりとめているその呪符をパイプ椅子の足元から拾い上げ、かがんだままの姿勢で
金属音がする方向へ目を向ける都紀。視線の先には、先ほど呪符とヘッドセットを押し付けてきた女生徒の姿があった。
逃げる悪霊、生徒を追う悪霊、暴れる女生徒の周辺を旋回する悪霊、
すべてに対して、いきあたりばったりに、間合いに入った目標にバットをふりかざす。
バットを駆使し、暴力的な攻撃を仕掛ける悪霊駆除委員2年生、加納美紀。
その攻撃方法とはあまりにもイメージのかけはなれたルックス。恐らく校内でも一番ではないかと思えるほど肌は白く、
胸元まで届く明るいめのストレートの髪、整った容姿、大きな目をしていた。
165cm程度のその小さな体は、どこからそんな力が出るのか不思議なくらいコンパクト。
木製に比べて幾分軽いといっても、それでも金属バットをあれだけ何度も何度もフルスイングするのはかなり体力がいるはずである。
また、悪霊に命中せず振り落とされたバットがパイプ椅子にぶつかるその反動は、かなりの衝撃をその細い腕に伝えていた。
よく見ると、バットは薄くだが紅色に発光していた。
「あれ・・なんだ・・」発光に対してか、美紀の破天荒な攻撃方法に対してかは分からない一言をこぼす都紀。
除霊能力をもたない一般委員は、誠児による封呪術により浄化能力を自分の武器に封じてもらい、
それをもって悪霊駆除をしていた。その効果は都紀の呪符と比較にもならない程度だが、そこに物質的衝撃が加わり
なんとか悪霊を散らすことができている。
体育館からは随分生徒も父兄も教師も逃げ、記憶を喰われた人々もふらつきながら体育館外へ歩き初めていた。
それでも多少移動しづらいのは、最初は綺麗に並べられていたパイプ椅子が倒され、不規則に散らばっているからだ。
悪霊達は人が少なくなった体育館の天井や空中をぐるぐると旋回し、そのうち数体は生徒達を追い体育館外へ飛び出した。
ガッ!ガン!ガシャン!耳がキーンとするほどの金属音、ふぉぉっと大量の悪霊が旋回する音、「でりゃぁぁ!!」美紀の叫び声が響く。
都紀は腰をあげ、美紀の方向へ歩き始める。委員会全員の連携を取るのが目的だ。そして、その変な女生徒にも興味があった。
手や足でパイプ椅子を蹴散らしながら歩き、都紀は周辺を見回す。シャーっとノイズがヘッドセットから聞こえる。
「k・・憶を喰った・・ジジッ・・悪霊どんだけだ!?ジッ」振り返ったかなり先、反対側の出口周辺を走るめがねをかけた
男子生徒が喋っているようだ。もぅ、委員全員が目で確認できる。舞台壇上でかがんでPCを叩くモバイルPCの生徒が応えた。
「4・・いや、g o ・・ジジッ 6体じゃない、今数えてる・・10超え・・たぞっ!急いで!」
「やっ・・ばい・・なぁ」「屋外へ逃走したあ・・くりょうを ジジッ 追うわ!」誠児と最初に問いかけた男子生徒の声がかぶる。
その頃、高志紀加奈子は複数人の生徒を引率し、体育館から脱出していた。
美紀は無線に応える暇もなく、じりじりと移動しながらバットを振り続けていた。額から汗をかき、顔面はテカテカと
光を反射させていた。美紀のもとへとたどり着いた都紀は、その間に4枚の呪符を発射させ、6体の悪霊を散らせている。
その早業を遠巻きに見ていた巴円(ともえまどか)は「おぉ」と声をあげた。「あぁ?」誠児が無線で応える。
女生徒の背後に近づいた都紀、その気配、パイプ椅子の音に気づいた美紀は上半身をひねらせ、背後へバットをふりかざす。
その瞬間、「おいこら、新委員長!指示しろよっ!」という声が無線、肉声両方で聞こえる。「ふぉぉっ!!!」
突然バットを自分めがけ振りかざされた都紀は慌てて中腰になりかがんだ。ブンッ!!とバットが風を切る音が頭上を通過する。
「あれ?」ホームランでも打ったかのようなポーズで後ろを見る美紀。視線を足元に落とすと、ちぢこまったちっこい男の子がいた。
「あっぶねぇ・・あっぶねぇ!!」都紀は顔面蒼白になり、歯をガタガタいわせていた。目にはうっすらと涙がたまっている。
何すんねん・・という顔で、美紀の顔を見上げると、美紀は「へ」と言い、左手でガッチリ握っていたバットをカクン、と倒した。
「都紀っ、俺外行くか・・らっ!ジジッ 円せん・・ぱい、一緒に!」「あいよ」「都紀、加納先輩、・・か・・んのジッ先輩、
館内よろしくっ!」「りょーかい」
誠児と、出口周辺を走っていた巴円、舞台上でPCを触る神野達郎の三人の会話が無線から聞こえる。
それを聞いた美紀と都紀は同じ方向へ視線を向ける。南側の一番大きな出口、外ではなく校舎内に続く出口を開け
二人が出て行くのが見える。誠児はふと都紀をみて、「おい!都・・き!聞いてんのか!!」と叫ぶ。突然バットで殴られそうになり、
腰がぬけ床にすわりこんでいた都紀はびくっとして、パイプ椅子の上から頭、目だけを出してまるで小動物のように
出口で振り向いている誠児をにらんだ。「わんっ!!」「は?」「わんっ!わんっ!」「はぁ?マジ聞いてるのか?」「聞いてるよ」
「しっかりしろよ・・館内の悪霊をなんとかしてくれ! ・・このままだ・・と無元悪霊魂が発生すっぞ!」誠児が叫ぶ。
美紀は自分の足元に座り込んだ都紀を見下ろし、きょとんとしていた。都紀は相変わらず頭だけ出して「わぁってるよ」と応える。
間髪入れず「こっちで、悪霊の・・ジジッいる場所は把握できる・・し、記憶を喰った固体も確認できるんだよ」壇上の神野達郎が
都紀の方を見て無線で言った。ちょうど、都紀と美紀は体育館の中央にいる。達郎がいるのは誠児と円の反対側。
背後からの肉声にもふりかえらず都紀は「え、なんでそんなんわか・・るの?」と応える。パイプ椅子に手をかけ少し立ち上がる。
旋回していた美紀の頭上の悪霊が急降下してきた。「!!」巴円と誠児はハッとその姿を凝視するが、美紀は待ってましたとばかりに
またバットを構え、思いっきり悪霊目掛けて振りかざした。ブォン!!風を切る音。ふぁぉぉぉぉ二体の悪霊の体に激突。
悪霊は白い光を粉々に散らせて、消え去った。そのまま、また金属バットは都紀の頭上を通過した。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」ほとんど涙声の都紀。強烈な悲鳴であった。振り切った美紀はやりきった顔でニンマリした。
「校内に、いくつも温度センサーが張り巡らされてて、無線LANでその状態が10秒ごとにPCに送られてきてモニターできるんだ!」
ノイズのない綺麗な声がヘッドセットから聞こえる。こんな時にも神野達郎は無駄に落ちついている。
質問した当の都紀はそれどころじゃない。もぅ、見境ないこの金属バットに恐怖していた。あぁ、確かに悪霊はすごい高熱を
発しているもんなぁ、と答える暇もなく。
一部始終を見ていた誠児と円は南側の出口から出て、薄暗い廊下を走りだした。足音だけが響く。
二人の後を数人の生徒が続く。かなり人数が減った。「都紀、加奈子ちゃんどっちいったか見てたか!?」
美紀や都紀のもとへ、ヘッドセット越しに誠児の声が伝わる。美紀は「誰・・加奈子って」と答えた。バットを床に対して
直角に立て、一息ついていた。肩が上下にゆれる。満身創痍状態であった。
「ん・・?加奈子? どして?」都紀はヘッドセットを右手で押さえ、左手でパイプ椅子を握った。目はなぜか美紀を見上げている。
美紀は都紀を見下ろし、自己紹介もままならないまま、「加奈子って誰?」と目を大きく広げて都紀に問いかけた。