ツクモ、初の小説作品。「WASHER!」。

小説書くの初めてなんで、大目に見てくださいませ。

以前から何度か出していたイラスト、ブログに書いた妄想を

原案としています。ライトノベル方向ではなく、

出来るだけ一般小説に近い方向でいこうと決めたので

状況説明が多いです。倉北町の何気ない風景と、非日常な都紀達の戦いを

上手く表現できれば嬉しいです。

special thanks /霧生 咲夜様(タイトル、キャラネーミング等)


プロローグ「0 ”前奏”」(加奈子篇1)が完成。本編、「1」(都紀篇1)が完成。本編「2」(都紀篇2)が完成。「3」(誠児篇)完成。 「4」(誠児篇2)完成。
「5」(都紀篇3)が完成。「6」(悪霊戦1)が完成。
「7 "疾走”」(加奈子篇2)以降はこちら

□プロローグ 「0 ”前奏”」

4月の朝はまだ肌寒い。
日中になれば少し暖かくなり、縁側でごろんと寝転がっていても快適だ。
同じ一日なのに、どうだろう、この気温の差は。

まぁ、のんきに縁側でうたた寝できるたのも先週までだったわけだが。
今週に入り、高校への進学準備がより一層忙しくなり、ついに本日、入学式を迎える事となった。
しばらくの暇な日々を満喫し、特にやる事がなければ縁側でゴロゴロしつつ携帯をいじっていた。
特に友達と遊ばなきゃ、とも思わず、日がな一日携帯サイトを閲覧し、ほのかに感じる
春の息吹と日の光の暖かさを満喫していたわけだが、そんな私は変わってるのだろうか?
なんにしても、そんな心地よい日々も終わり、今現在、寒空の下を走っている。

石の混じった土砂の感触が、ゴロゴロとスロットルを通して伝わってくる。
足場も悪い。気温も低い。体がガタガタと震える。寒さと、振動、両方のせいだ。

4月の朝はまだ肌寒い。

って、いや、肌寒いってもんじゃない。寒い!!現在、私は川沿いの整備されていない歩道を
原付で爆走している。連続する冷たい空気の塊に自ら猛スピードで突っ込んでいるのだ。
朝、8時半。出勤途中やサラリーマンや朝の散歩をする老人を横目に、ひたすら、前へ、前へ走る。
速度は35k。スピード出しすぎ?いきなり怒られちゃう?原付は気持ちいいなぁ、やっぱ。
自動車の込み合う国道を避け、川沿いのルートを走っている。足元が土砂なので
いつコケるかヒヤヒヤしつつも、「寒い」だの「桜咲いてる・・」だの「今日からだるいな」だの
「ごろごろしてぇ・・」だの色々考えていた。

現在、登校中。今日は、高校の入学式。おめでとう、私。いいのかい?こんなんで。
いきなり原付登校。そんな入学式当日の朝。まぁ、いいじゃないの。

川沿いの道を抜け、高校の最寄駅、倉北駅南口近辺に到達。よし、ここからは徒歩だ。
ちらほらと、今日から通う高校の制服を来た生徒達を見かけた。ここらへんも、危険か。
一旦、バイクから降りる。人が賑わうJR倉北駅・・の裏手(南口)に原付を隠しておいた。
これから、トイレで着替えをすませる。ここまでは、私服で来ていた。さすがに、制服で
原付爆走はまずいでしょう。最寄駅まで私服で原付で来て、トイレで制服に着替えてしまえば
まるで電車で登校してきた普通の高校生みたいっしょ。かんっぺきな計画!

私が、何故高校入学式の日にこんなよくわからない事をしているのか、といぅのは
少々説明が必要かもしれない。
私は、数日前からある計画を立てていた。名付けて「電車乗らない作戦。」
私の住む潮坂町から倉北町までは、JRで二駅の距離だ。実際、そんなには遠くない。
しかし、私は極度の電車嫌いだ。10分間の乗車も我慢できない。
小学生の頃、有名私立小学校に入学させられ、毎朝電車通学させられていた。
当然、朝は電車が混む。通勤ラッシュだ。大人でも悲鳴をあげるあの地獄の中、
身長120cmにも満たなかった私は、まったく優遇も遠慮もされずコロンと汗と油の
臭いにまみれ、サラリーマンの持つ硬いバッグや、おばさんのお尻とかに挟まれ押し潰されていた。
小学校卒業までそんな地獄を体験した。
私は子供ながらに「あんなん二度と乗るか!」と電車に酷いイメージを持ち、それ以降
強引に普通の市立中学校を希望。(親に泣きついた。)私は、6年間戦いきったのだ。
そして、高校に進学。気づいたら、また電車登校になっていた。あははははははは。
丁度その頃、16歳になり、原付免許を取っていた私。中学校卒業前後、原付を買って貰い、
それからはずっと原付で走るか縁側でゴロゴロしていたわけだ。
「今蘇る!あの悪夢!」ホラー映画の予告よろしく、「あの地獄を、また繰り返せと?」とおじい様や
母にアピールしまくる。自分で選んだ高校だし、何を我侭言ってるんだ、と自分でも分かってたんだけどね。そして、ある日。飽きもせず縁側でゴロゴロし、爪を切るおじい様の後頭部をぼんやり見つめながら、
私はこのプランを思いついてしまった。「あ、そっか。」「いや・・いやいやいや」。脳内審議会を開催して、
目はなぜかおじい様の後頭部を凝視していた。
それから、数日後、遂に計画を実行に移してしまった。それが、今日だ。
電車通学する「フリ」して、駅まで原付で移動。駅で制服に着替え、さも電車に乗ってきたように振舞う。
親にもすぐバレるかもしれないが、それでも一度「やっちまおう」と思ったわけで。
「色々(?)あるから、私先に駅に向かっておくね」と意味不明な理由で親をケムに巻き、出かけてきた。
なにも、入学式の日にやらなくても、初日くらい親が車で乗せていってくれるんじゃ、と気づいたのは
家から1km程離れてからだった。
本当ね、電車なんか嫌なんだよ。混むし、狭いし、息苦しいし。
当然、トイレで着替えるなんて絶対嫌なんだけどね。それでも、この作戦を思いついて以降、これ以外の登校方法は
考えられなかったわけで。いつまでもつか、わからないけど。


倉北駅の裏手、南口に到着した。
真っ白で綺麗な駅正面出入り口と違い、駅の裏手は非常に汚い。誰が入るのかもわからないような
古臭い商店が立ち並び、あるのは、駅の裏出口階段、電話ボックス、放置自転車の数々。
壁はスプレーによる落書きで埋め尽くされていた。
夜になっても、倉北駅の表裏の違いはひどいものがある。正面出入り口は必要以上にライトアップされ、
深夜になってもカラオケ店や居酒屋、のネオンがキラキラと輝いていたりする。
駅前のターミナルには二、三台タクシーが常駐し、暇な運転手達が寄り合い、世間話をしているし、
終電を逃した高校生だか大学生だか見分けのつかない派手なオネエチャン達がたむろしている。
それに対し、駅の裏手、倉北駅南口はひどいものだ。街灯のポールが一本立ち、
公衆電話の緑色の光だけが怪しく光っている。そして、まるでその怪しい光に集まるかのように
「ヤンキー!」と断言できないような、中途半端なジャージヤンキーさん達がうろうろしているだけだ。

以前、倉北町に住む中学時代の先輩の家に遊びに来た事がある。その時は夜10時だったか。
先輩と、先輩のお母さんに車で駅まで送ってもらい、この南口までやってきた。
お昼頃、駅前で待ち合わせをしていた時に駅の正面(倉北駅北口)を見ていたために
「なんだここわ〜〜〜〜!!!」と叫びそうになった。暗い。暗いのだ。北口とのこのギャップは何かと。
そのせいか、先輩にも早く駅構内に入るよう促された。こっちは治安が悪いから、との事。
じゃぁ北口で下ろしてくれればいいのに!と思ったような思わなかったような。
北口から南口に回るのは車だと2km以上遠回りしなきゃいけないので、私は気を使って
「あ、ここでいいです」と言ってしまったのだ。南口の入り口階段の光が見えたしね。
南口から入り、駅構内を歩き、しばらくすると切符自動販売機があった。時刻表を見ると
22時40の電車まであと15分。私は、携帯の電池が切れそうだったので南口に戻り
公衆電話で自宅に電話しようと思ったわけだ。
切符を購入し、駅構内を40m程歩くと、また南口に出られる。あの暗闇と怪しい緑の光の
あの場所へだ。なぜ南口へ出たかと言うと、たまたま、私の中で「公衆電話」といぅ単語に対して
北口より南口の方が印象が強かったからだと思う。たぶん、そんだけのこと。
南口に出ると、やっぱり電話ボックスは緑色に光っていた。よく見てみると、その付近に
赤い小さな光も見えた。なにやらあちらこちらへ蠢いている。

「あ、」とふと思った。あの赤い小さな光はなんなのかと。
突然だが、この倉北町は非常によく幽霊が出る。いや、普通に出るのだ。別に驚く事じゃない。
そして、幽霊や霊魂が現れるのは倉北に限った話ではない。日本中で、出る。いたって普通に。
霊感の有る、無いは殆ど関係なく、なにげなく見つけてしまうのだよ。
そして、私達はそれを見ても驚きもしない。えぇ。だって、幽霊でしょ?普通だよ。
私達は、子供の頃から当たり前のように幽霊を見ている。ただ、「そこにいる」だけの幽霊達。
話しかけてくる事もなければ、何かを求めるでもない。何か未練や想いを断ち切れない、
過去の人々を見かけるだけだ。言ってみれば、自然の一つ。私からしたら、何の脈絡もなく突然
幽霊や霊魂が見せてくる"うつろ"で柔らかな光より、蛍の光の方がよっぽど珍しい。そんなレベル。
あ、そいや一度も生で蛍の光を見た事ないな、私。
そんな私達の世界でも、倉北町は特に変わってる。らしい。とにかく、幽霊や霊魂の数がすごいとの事。
そして、国内でも珍しい、「悪霊」が頻繁に発生する町・・・。・・。らしい。先輩が言っていた。

それにしても、随分小さな光だ。あんな小さい火の玉見たことない。直径1cm程度。
久しぶりに見たな〜、と思いつつ、初めての極小サイズの火の玉に緊張が走った。
人間、初めて見るもの、未知のものには警戒するものだ。
本当に、あんな小さな霊灯(幽霊が見せる光)は初めてだったのだ。
1cm程度の火の玉がゆらゆら揺れている。何やら人間の声も聞こえてくる。
あぁ、ジャスコで1000円位で売ってそうなジャージ着た男の人達の霊も見えてきた。
あれ全部幽霊?白いジャージが、電話ボックスの緑色の光を反射している。

1cmの火の玉がタバコの火で、ジャージの霊は倉北名物、南口ヤンキー達だと気づいたのは
電話ボックスの1m手前に立ってからの事。
なんだ、と残念のような呆れたようなため息をついて、私は電話ボックスに入った。
電話ボックスから2m位離れた場所で南口ヤンキー達が三人程で地べたに座っている。
タバコをふかし、あれやこれやと非生産的な会話・・なのかどうかわかんないけど
それっぽい雰囲気で談笑してる。ちらちらと私の方を見ているのを感じた。ん〜。何だ。
先ほどまでいたのか、それとも暗すぎて分からなかったのか、先ほど南口まで送ってもらった時には
全然彼らに気づかなかった為、私は電話ボックスの中で緊張していた。
霊魂は慣れてるけど、ジャスコジャージの田舎ヤンキーには馴れていないからね。
受話器をぎゅっと握り、電話する。ジャスコジャージ達はまだこっちを見ているのだろうか。
こんな私でも、一応嫁入り前、っていぅか高校入学前の女だ。サバサバした性格だの、図太いだの
色々言われても、結局はか弱い女だ。誰か、守ってくれ。先輩、守ってくれ。
お母さんと車で家路に戻っている場合か。カムバック!先輩!!!!!

がちゃん、と受話器を置く。おそるおそる、電話ボックスを出てみる。
出た瞬間に、三人がかりで襲われたりしないか、とか色々ビビっていたわけだが、
彼らは三人仲良く、一人の持ってる携帯画面を覗き込み、「うぉ!サトシの奴マジで結婚すんの!?」
とか叫んでいた。おぉ、えらい楽しそうだな、君ら。
全く、こっちを見ていなかった。電話ボックスから出た私のほうがよっぽど彼らを凝視していた。
そうか、高校入学前の女子より、サトシの今後の方が興味そそるか。そうかそうか。
緊張していたのがアホらしくなり、三人のジャスコジャージ達を横目にザクザク歩いていった。
倉北駅南口の、私の思い出は電話ボックスとサトシの結婚だった。誰やねん、サトシって。おい。

4月の朝はまだ肌寒い。

原付を南口の自転車置き場に止めた後、私はお手洗いで着替えてきた。
駅構内のお手洗いは清掃がゆき届き、非常に清潔であった。これでひどく汚れていたりしたら
本気でこのプランを破棄していたかもしれない。だが、それにしても、自分でもやっぱり
「女子高生がトイレで制服に着替えるって、どうよ」と思ってしまうのです。

トイレを出て、着ていたシャツとジーンズを袋に仕舞う。通学用のカバンと服の詰まった袋を
それぞれ両手で持ち、もぅ一度南口へと戻った。外へ出るとやっぱり肌寒い。
思わず120円の紅茶を自動販売機で買ってしまった。飲みつつ、原付の所まで戻り、
シートの横にある鍵を開け、シートを持ち上げる。原付のシートの下にはヘルメット用の
収納スペースがあるのだ。紅茶を飲みながら、収納スペースにメットと衣服をギュウギュウに
押し込めれば、準備完了。押し込みながら、このプランを毎日やってると私の私服は
全部シワだらけになるのではないか、といぅ不安にさいなまれた。これは、大問題だね。
わざわざコインロッカー使うのもアレだしなぁ・・。

駐輪場を離れ、「うぅ寒っ」と呟きながら南口階段へ戻る。日中の南口を見たのは、高校の試験の時だけだった。
ふと周りを見回すと、古臭い商店が何件か開いていた。雑誌やタバコ、お菓子などを売っているお店がある。
本当に、駐輪場と数件の商店しかない。商店と商店の間に細い路地があり、その奥には、古くからあるような民家や
「スクールゾーン」と書かれたポールが立っていた。現代的に発達した北口に比べて、随分落ち着いた雰囲気だ。
民家の庭先からは松の木が数本伸びている。小学生達がランドセルを背負い、二、三人程歩いていた。
キャラものの給食袋を振り回して、小学生の男の子が朝からはしゃいでしる。おばあさんが玄関前をほうきで掃除している。
誰が落としたかしらないハンカチが落ちている。何度か踏まれたのか、もぅ真っ黒に汚れきっていた。
駅前から見えた路地の風景はそんなものだ。この町の風景は、きっと昔からこうなのだ、となんだか納得した。
ちょっとだけ振り返り、南口の風景を見回していたら、ドンッ、と誰かにぶつかられた。制服を着た男子高校生だ。
なんだこのやろー、と一瞬思ったが、狭い南口の階段入り口でぼんやり立ち止まり、後ろを振り向いて通行の邪魔をしていたのは
私のほうだった。「あ、ごめんなさい」と言うと身長の高い長髪の男子高校生は無言で階段を登っていった。
彼に続き、続々と人々が南口階段に吸い込まれていく。 私は一旦階段入り口を離れ、入口そばの自動販売機前に立った。
ぐいっ、と紅茶を最後まで飲み干し、缶の回収ボックスに280mlのペットボトルを突っ込んだ。



    倉北町は、倉北高校と倉北高校の生徒による需要でもっているようなものだ。
町の施設をパーセンテージで表すと、田んぼと畑が30%、民家が50%、古臭い商店街(しかも半分閉まってる)が10%
といった感じ。
10年前までは、学校と田んぼ、民家と商店街だけの町だったそうな。それが、近年では大手レンタルビデオ店や、パチンコ店、
大型書店にカラオケ店、ドラッグストアなどが国道沿いに立ち並ぶようになった。
町のど真ん中を走る、高速道路のインターチェンジに繋がるその大きな道路は、両脇に立派なガードレールと派手な現代的店舗が
軒を連ねた。そこに群がるのが、帰宅途中の倉北高生徒達だ。最初にこの町に出来た現代的店舗はファーストフード店。
これまでオバサン向け婦人服や、青果、クリーニング、惣菜などしかない辛気臭い倉北商店街にうんざりしていた
倉北高校生徒達は、このファーストフード店ができるやいなや、商店街には目もくれずこの店舗に群がった。
当然、通学生だけじゃなく倉北に住む若者達もすごい勢いでファーストフード店に集まってきた。店は毎日大繁盛であった。
その、学生や若者の需要に気づいたのはここ数年の事らしい。それからは、国道沿いは若者向け店舗のメッカとなったわけである。
私も、当然高校入学したらこの国道沿いで道草するつもりだ。一年先に倉北高校に入学した先輩と、こんな所で遊べたらいいな、と
おごそかな夢を抱いていたりする。
そぅ、倉北町の残り10%は、近年急激に発達した若者嗜好の店舗の数々だ。その為に立ち退きを命じられた古くからの店舗も
数多いらしいが。 国道から一本外れた大通りには、まだ商店街が残っている。「倉北商店街 感謝セール」などと
いつ貼ったのか、誰に何を感謝しているのかわからないような垂れ幕が何枚も貼られ、日中もほとんどの店がシャッターを閉めている。
やはり、商店街の人々は国道沿い店舗を迷惑だと思っているのだろうか。需要を奪われ、シャッターを閉める店が続々と出ているのに
「感謝セール」などと言っているあたり、心が広いな、倉北商店街。
後に、「感謝セール」の垂れ幕は4年前から貼られていた、といぅ事を知るのだが、それはもぅちょっと先のお話。
高速のインターチェンジから始まって、倉北の町のど真ん中をつらぬき、倉北駅北口まで続く現代的店舗の数々。
北口から高校まで1.5km程。北口をそのまま国道沿いに北上し、ヤングカジュアル洋服店やドーナツ店を過ぎて、洒落た喫茶店を横目に
ゲームセンターとボウリング場の統合された大型エンターテイメントモールを東に曲がると、もぅ倉北高校が見える。
いかにも高校生の通学路だけを狙ったような店舗配置。完璧だ。そしてグッジョブ。店舗誘致はこうじゃなくっちゃね。

一年後。私が国道沿いの店舗に目もくれず、倉北商店街の「ひなた食堂」にばかり通うようになっているとは、誰が想像したであろう。
肩を並べて、一緒にひなた食堂ののれんをくぐるのは、倉北高校「悪霊駆除委員会」の面々ばかり。
「先輩」こと、誠児先輩。都紀。加納先輩。円先輩。神野さん。
私が入学前に想い描いていた「先輩と国道沿いの店で道草♪」といぅイメージは、入学式当日にして崩れ去るのだ。

4月の朝はまだ肌寒い。さっき飲んだ紅茶が、まだ胃の中でぽかぽかしている。
もぅすぐ、先輩、親との待ち合わせ時間だ。私の入学式の日は、高校に着くまで先輩が付き添ってくれるらしい。
数日前に先輩がメールで付き添ってくれる、と言ってくれた時、私は飛び上がって喜んだ。
先輩の正体。それは、私が中学生だった頃、剣道部部長として活躍していた高志紀 誠児さんだ。中学でもその剣道の腕と
成績の高さから人気の高い男子であった。別に、私は少女漫画みたく、木の陰からひっそり憧れ、想いをこめたラブレターを
練習上がりの先輩に突き出し、仲良くなり、今に至るわけではない。
でも、当然学年が違うんだし、普通なら二人に接点などなかった筈だ。実は、私と先輩が繋がりを持ったのは「同じ苗字」という
それだけのきっかけで。
いや、別にいきなり「あのっ!・・・同じ苗字ですねっ!!」とか声をかけたワケじゃない。そこまで私もぶっ飛んでいない。
ある日、当たり前のように、いたのだ。私の家の座敷に。正座してた。茶飲んでた。ウチのおじい様と談笑してた。
ふすまを開けて、呆然とし、口をあんぐり開けて突っ立っていた私に、おじい様はこう言った。
「おぉ、加奈子おかえり。丁度よかった、加奈子も久しぶりに会うな。」茶をすする先輩に手の先を向けて
「ほれ、もぅ何年も会ってないけど佐江子のひとり息子、誠児だよ」と。
相変わらず私はカバンを持ったまま、口をあんぐり開けて立ち尽くしていた。佐江子?佐江子おばさん?もぅずっと家に顔を見せてない
あの佐江子おばさん??息子?どゆこと?先輩が?首のあたりに嫌な汗をかき、さっきまでテレビドラマの事を考えていた
頭の中は凄い勢いでうずを巻き、佐江子おばさん、先輩、おじい様、誠児、いろんな言葉を飲み込みぐるぐる回転していた。
混乱している私を見上げて、先輩はにっこりと微笑み「こんにちわ、加奈子ちゃん。もぅすっかりひさしぶりだね。
さっき、大おじ様から同じ中学通ってるって聞いてびっくりしたよ。声、かけてくれればよかったのに。」と言う。
とどめの一発。
おじい様が、「いとこじゃよ」と言った。

ん〜〜〜〜〜〜。それからといぅもの、やっと私の脳内は事態を整理できた。そうか、先輩はいとこか。そうかそうか。
おじい様には二人子供がいて、それが私のお父さん、もぅ一人が佐江子おばさんだ。しかし、佐江子おばさんはもぅ20年程前に
突然男と駆け落ちし、勘当され、ずっと連絡を取っていなかったらしい。当然、私は会った事がない。
しかし、幼少時代、そぅ丁度電車地獄の始まった小学校一年生の頃の夏休み、私は一度誠児先輩に会った事があるらしい。
なにやら我が家、高志紀家の総本家たる「瀬尾家」の母屋で、二週間一緒に修行をしていた頃、そこに先輩もいた、と言うのだ。
はっきり言おう。瀬尾家で修行したのは覚えているが、先輩らしき人がいたのを私は覚えていない。
瀬尾家の次男、都紀がしょっちゅう私の洋服の背中にカエルを入れていたずらしてきたのは覚えているが。先輩、あの時いたのか。
実際、まぁいてもおかしくない。瀬尾家一門の、瀬尾家、高志紀家、吉舎家の子供達がみんな集まって来ていたのだから。
とりあえず、私は「クソガキの都紀」は覚えているが、誠児先輩の事は覚えていない。よっぽど、都紀の思い出が際立っていたのだろう。
背中にカエル入れられたり、靴の中にチューインガムを仕込まれたりとか、そんなロクでもない記憶ばかりだが。


先輩がいとこだった、という事実に軽くショックを感じていた。ほら、まぁ、色々ね?わかるでしょ?
でも!その反面、いい事も増えたわけよ。
先輩と、家族ぐるみのお付き合いができるようになった事。・・いや、家族ぐるみって言うか元々一つの家族なワケだが。
学校では先輩と仲良くなり、剣道の大会を観戦しにいったり、勉強を教えてもらったり、家でもメールしたり。
そして、しばらくしてから、私は先輩の家へちょくちょく遊びにいくようになった。佐江子おばさんにも初めて会い、仲良くなり
家で料理を教えてもらったり、誠児先輩と、佐江子おばさんと私で食事したり、ゲームしたりして楽しい日々を過ごした。
中学三年生の頃、先輩が卒業して倉北高校に入学した頃、私は中学三年生。進路についても当たり前のように倉北高校を志望した。
先輩は、高校進学後なんだか常に忙しそうだった。私は、久しぶりに家に遊びに行きたいと思っていたけど、
メールで部活が忙しい、と聞きなかなか「遊びにいっていいですか」とも言えなかったわけだ。
「今なら行ける!」と確信したのは正月前後。私はこの隙を見逃さなかった。
断られないかとドキドキしながら、元旦に「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
ってなワケで、明日遊びにいってもいいですか?」といぅ、支離滅裂なメールをしてみた。もぅ、遊びに行くのが目的がバレバレ。
取ってつけたような新年挨拶をつけてなんとかごまかしてみたが、ごまかしきれてないな、こりゃ、なんだよ、「ってなワケで」って。
数時間後、(数分後、ではなかった為、私は思いのほかやきもきした。わかるかね?このしんどさ!!)先輩から
「新年明けましておめでとう!以下略、詳しくは年賀状で♪ いいよー、遊びにおいでー」と帰ってきた。
こたつが吹き飛びそうな勢いで喜んだのは言うまでもない。翌日、電車でJR倉北駅まで向かい、先輩の家で雑煮を食べた。
その帰宅中、初めて真っ暗な倉北駅南口とジャスコジャージとサトシの結婚に遭遇したわけだ。

駅構内をずんずん進む。倉北駅の構内はとても綺麗に整備されている。大きな電光広告が壁いっぱいに、何枚も貼られていた。
タバコの広告の下に座り込むホームレス。それにも気づかず、流れていく学生、サラリーマン、男、女、老人、そして私。
構内は通勤ラッシュらしく非常に混雑していた。のんびり歩く人もいれば、早足の人も、全力疾走している人もいる。
私は、早足で北口に向かった。キオスクに売られていた雑誌の表紙が気になったが、今はそんな事より北口に向かいたい。
朝から、先輩に会えるのだ。そして、私の新しい生活の始まりだ。当然、早足で歩くわけだ。ワクワクしてるから。私、今。

「毎朝原付で駅まで向かい、駅から先輩と通学、そして、放課後は国道沿いでちょっとした・・デート?」

北口に出て、すぐに先輩の姿が見えた。じっと、待っていてくれたのだ。親はまだ到着していない様子。
先輩の横に、もぅ一人、ちっこいのが見えた。何やら先輩と話している。誰?あれ。
私は、先輩に「おはようございます!今日はわざわざすみませんっ!」っと思いっきり頭を下げ挨拶してみた。
「あ、おはよー。はやかったね」先輩の声だ。頭を上げる。もぅ一度、確認する。

やっぱり・・先輩の隣に、なんかちっこいのがいる。

あのねっ!・・先輩っの隣にっ!なんかちっこいのがいる!!!!!!!!!!!!!

おっ、お前はぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


4月の朝はまだ肌寒い。

(高志紀 加奈子)1







□WASHERS!!〜うぉっしゃーず〜

 ■1  

僕そんなにちっこいかね。ちっこくても結構。もぅわかってるよ。自分が同学年の男子よりダントツで身長が低いってコト。
よく小学生と間違われるよ!もぅいいよ、わかったってば。
「うわ、都紀かわってねぇ〜〜!!変わってねぇ〜〜!!相変わらずちっさいな!!」
この男は、数年ぶりに再会した次の瞬間、僕にそう言い放った。
数時間の長旅、これから見知らぬ土地で生活する不安、親戚の家に三年間居候しなければいけないこのプレッシャー。
そしてありったけの私物、衣服が詰まったアタッシュケース、呪符を描く道具一式が入った手提げバック。
自前の料理道具の入ったリュック。重くて。色々。気分も重くて、荷物も重くて。
ヘロヘロになって、やっと倉北駅に着いた僕。改札をフラフラしながら出る。荷物が改札に引っかかった!!
し、、閉まる!!ブザーが鳴ってしまう!!うっ!うっ!よし、ふぅ。
正面で一部始終を見ていたのが、あの親子。我が瀬尾一門の門下、高志紀家の端くれ者。高志紀佐江子、その息子の高志紀誠児。
改札の正面で二人して並び、こっちをみていた。間違いない、あれだ。僕はまたしてもフラフラしながら、親子に近づいた。

佐江子が、僕に「都紀さん、お久しぶりです。これからお世話させて頂く、高志紀佐江子です。都紀さん、随分大きくなられましたね。」
と会釈した。家系の関係上、総本家の次男である僕より、高志紀家の次女、ましてや一家から勘当されている
佐江子は「格下」なのである。きっと、本人もそのコトをわかってて、このような挨拶をしたんだろう。
だけど僕は、彼女に気を使われるのが心苦しかった。年上に、敬語使われる程僕は立派じゃない。むしろ、ただの餓鬼だ。
「おひさしぶりです!佐江子さん!これから色々と、お世話になりますっ!」僕は目いっぱい頭を下げた。
背負っていたリュックが、後頭部にゴチンと激突する。
「あら、やだ。都紀さんそんな丁寧な・・こちらこそ、よろしくお願いします。」彼女はまた頭を下げた。
「こちらこそ・・」「こちらこそ・・」ゴチン!「こちらこそ・・」「こちらこそ・・」ゴチン! 頭の下げあいはしばらく続いた。
二人が頭をあげた次の瞬間、後頭部が痛む僕に、ムカつく一言が飛んできた。黙って頭の下げあいを見ていた、息子、誠児だ。
僕をみて「変わってない」だの「相変わらずちっこい」だの興奮しながら叫んでいる。おい、失礼な奴だな。あんま言わないでよ。
泣くよ?僕。わかってるっていぅの。ちっこいって事は。16歳で149cmはさすがにチビすぎるよね。
わかった、だからわかったっての。あんま連呼しないでよ!!むぅ・・こいつ・・失礼な奴だぞ。たいがいだぞ。

ひとしきり「ちっこい」を連呼した後、誠児はきりっと僕の目を見て、言った。僕は、眉間にしわを寄せ、渋い表情をしていた。
「まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ。ありがとう。これから、よろしく頼むよ」
こいつ、急にキリッと表情をひきしめ、男前な顔でいいやがった。イライラしていた僕は、妙な気分になった。
(・・それ、最初に言って欲しかったな・・・)
誠児は、僕と違って身長が高い。佐江子よりも遥かにデカイ。身長は175cmくらいはあるんじゃないだろうか。
その割に、体のラインは非常にスマートでそれでいて引き締まっている。理想の体、そのままだ。しかも、男前・・
「イケメン」って奴か。女性雑誌で言う所の「告られ顔」だろうか。随分と整った顔だ。
僕は、真剣に挨拶してきた誠児の目をじっと見る。首を上にあげて。まるで空を見上げるように、僕は誠児を見た。
・・でけぇよ・・ と、思わず口をついて出そうになったが、相手が真剣に挨拶してくれてるのに対してそれはないだろう。
慌てて言葉を飲み込む。鼻をポリポリかきながら
「まぁ、僕も家のゴタゴタが片付いて、やっと自由の身になったし、あのド田舎も嫌だったから来れてよかったよ。
悪霊駆除も、修行になるだろうしね。これから、よろしくっ!!」と元気に挨拶した。
あっ!別に僕「でけぇよ・・」って言ってもよかったんじゃん!誠児もさんざん僕の事ちっこいちっこいって言ったんだし!
言った後に気づいた。
まぁ、いっか。誠児は子供っぽいんだな。身長がデカくても、中身は幼いんだ。ここは一つ、僕が大人になって
彼の暴言の数々を飲み込んでやろうじゃないか。


僕は、国家指定除霊顧問の名家、瀬尾(せのお)一家の次男として生まれた。瀬尾家の家系から数人が分家して、
高志紀(たかしき)家と吉舎(きさ)家ができ、瀬尾一門が出来たわけだが、僕はその数百人からなる瀬尾一門の本家中の本家、
「瀬尾家」の次期当主候補として厳しく育てられた。現瀬尾家当主のじぃ様の直系の孫である僕と兄の照(あきら)。照は二歳年上。
厳しく育てられつつも、僕には兄の照に甘える事が出来、除霊修行、精神修行以外の面では本家のおば様やおじ様にも非常に
かわいがってもらえた。
そんな僕は、修行の厳しさの反動もあり、子供の頃は随分とやんちゃな性格だったと思う。当主候補として人に気を使われるのも
嫌で、とにかく無邪気に、明るくアピールしてきた。人にかまわれたいが為に、やたらいたずらもしたと思う。
でも、15歳を過ぎてから、兄の照が本気で瀬尾家の今後を考え始め、僕はあまり照にかまってもらえなくなった。
その頃、僕はかなりイライラしていたと思う。はっきり言うと、「瀬尾家なんて、どうでもいいじゃん!何マジになってんの!」と
思っていたんだ。照が、今までずっと僕にかまってくれてた照が、僕より家の事を大事にし始めたんだ。
僕が14歳の頃、除霊術を正式に伝授されてから、いよいよ兄の照が当主になるのか、僕が当主になるのか、じぃ様は
最終判断をし始めていた。来年には、じぃ様は隠居するといぅ情報も耳に入った。
これまたはっきり言ってしまおう。僕の除霊能力は、遥かに照のそれを凌駕していたと思う。照もそれを充分わかっていた。
普通、兄弟で当主継承といえば、長男が当主になるのが当たり前だろう。しかし、この大きな瀬尾屋敷を全部飲み込む程の騒ぎに
なったのは、僕の能力が照より遥かに優れていたからだ。

つまんね・・

そんな事より、照が僕にかまってくれなくなった事が大問題だった。中学校の友達も沢山いたけど、やっぱり僕の親友は照だし、
僕にとってのヒーローも照なのだ。照は、いつもじぃ様と一緒に古文書を読み、じぃ様と修行に励んでいた。
僕が、照の好きなアーティストの話をしても、なんとなくうわのそら。一緒に風呂入ろうと言っても、「後でいい。先入ってこい」の一言。

ある夏の日の午後、僕は正装で道場に正座し、気を集中させている照に後ろから近づき、ラケットで照の背中をバチーーン!!と叩き、
百万ドルの笑顔で「あきらっ!バトミントンやろうぜっっ!!」と叫んだ。

その日、ついに照がキレた。僕と兄の照は、生まれて初めて壮絶なる大喧嘩をした。生まれて初めて兄弟で殴りあった。
僕は、15歳にもなって大泣きした。大泣きしながら照を蹴った。「都紀!いいかげんにしろ!いつまでも子供のつもりで
いるんじゃねぇ!!」照が半泣きで僕を殴った。壮絶なるケンカに気づいた本家のおじ様達が道場に駆け込み、僕らを止めた。
はぁ、はぁ、と息を切らす照は両腕をはがいじめにされ、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
照が、僕を殴る日が来るとは思わなかった。照は子供の頃からずっと優しかった。最高に可愛がってくれた。
それは、今も変わらないのだろう。優しいから、きっと僕を殴ってくれたんだ。その拳と、心が痛くて、照は涙を浮かべているんだ。
それがすぐにわかったから、僕は余計に切なくなって、広大な瀬尾屋敷全体に響くような大声で、泣いた。
大泣きした。わんわん泣いた。照は、やっぱり僕のヒーローなんだ。

僕が中学3年生の頃、照は、瀬尾家当主に就任した。僕は、まだ、照に殴られた頬が熱くてしょうがなかった。
僕は、変わらなきゃいけない。瀬尾家当主として重大な責務を背負った照に負けないように、僕も、しっかりしなきゃ。
大人にならなきゃ。だって、そうじゃなきゃ、殴ってくれた照に申し訳ないでしょ。

倉北駅、改札前。行き交う雑踏の中、僕と佐江子と誠児。うーん。やっぱイラつくわー、こいつ。あぁ、、でも
大人にならなきゃ。僕は決めたんだ。落ち着いて、すぐに感情を出してはいけない。僕が大人にならなきゃ!
「いつまでも子供のつもりでいるんじゃねぇ!」照の言葉を心の中で反芻した。
僕がそんな事を考えている間、僕は誠児を見上げ、誠児は僕を見下ろしていた。佐江子はキョロキョロしていた。
ま、いいや。そろそろ移動しない?ふとそんな事を考えた、瞬間。誠児の手が僕の頭の上にぽんっと乗った。な、なんだ!

 「ちっこい」 僕の頭に手をのせて、誠児は呟いた。

「でけぇよ・・」と言い返す用意もなく、僕はきょとんとしてしまった。ダメ押しの一言だ。
しかも、しみじみと言いやがった。改めて言いやがった。まるで、僕の身長の低さに感動しているかのように、じっくり言いやがった。

・・お、おまえはでけぇよ!!無駄にでけぇよ!!ばーかばーか!!

心の中で絶叫しつつも、僕は頭の上に置かれた手がほのかに心地よく、いや、イラつくんだが、とにかく反撃できなかった。
その状況を見て、「あらやだ、誠児と都紀さんてば兄弟みたい♪」と佐江子が一言。しかもごきげんな表情で。

・・・いや、いやいやいや・・

「そ・・そですか・・」と愛想笑いする以外、僕に何が出来ただろう。

佐江子が、「都紀さん、それ持ちますよ」と僕のアタッシュケースを持って引いてくれた。「あ、じゃぁ俺はそのカバン持ってやる」
誠児まで持とうとしてくれた。あまりに持ってもらっても本家、当主の弟として偉そうな感じがするから、
「あ、いいよいいよ。ダイジョブ。あんがと」と遠慮した。「あ、そぅ」誠児は普通に応えた。

三人で、倉北駅を出た。目の前にはタクシーやバスのターミナル。寒い。3月は昼でも寒い。
正面にはカラオケ屋や派手なパチスロ屋があった。ケーキ屋もある。ケーキいいな、ケーキ食いたいな。
ケーキ、ケーキ、ケーキ。あ、すっげ!!あれ「コギャル」ってやつっしょ!!ルーズソックスとか履いてないん?
駅前すっげ〜!駅前すっげ〜!あ、コンビニ!!コンビニ!!瀬尾家の周辺には全くないもんなぁ!!コンビニ!!
あ、携帯ショップだ!!僕携帯欲しい!!ドラマみたいに携帯使ってみたい!!メールとかしてみたい!!
ねぇ、佐江子さん!僕携帯欲しい!!あ・・あ・・僕、やっぱチョコレートケーキ食いたいわ。相当食いたいわ。思いのほか食いたいわ。

と、ひとしきり心の中で独り言を呟いた。そんな事も知らず、佐江子と誠児はターミナルに停車していたタクシーに手を振り、
さっさと乗車してしまった。佐江子は助手席に乗り、僕と誠児は後部座席に乗った。おぉ、タクシーの中は暖かい。
倉北駅から、タクシーが走り出す。町が、流れる。色々な風景が、流れる。電信柱が、いっぱい。いっぱい流れる。
どれも、背の高い建物ばかり。電信柱が負けじと天に向かって立っている。
僕はタクシーの窓にへばりつき、あの建物と、電信柱の上をタクシーの速度に合わせてぴょんぴょん飛んでいく忍者みたいなのを
空想してみた。ぴょん、ぴょん。
もぅ、誠児が隣に座っている事をすっかり忘れている。誠児がどんな表情をしているのかもわからない。
僕は、建物と電信柱の上をぴょんぴょん飛ぶ忍者の空想を一通り済ませると、青い空に、照の顔を思い描いた。
やっぱ、ちょっと寂しいなぁ・・。んで、不安だよ・・照。

佐江子は、何かを思いついたように、助手席から振り向いて、後部座席めがけて満面の笑顔でこう言った。
「なんか、こうして見てると、兄弟ってのもあるけど・・・親子でもいけそうな感じよねぇ、誠児と都紀さん♪」

僕は、思わず窓ガラスにゴンッと額をぶつけてしまった。
(瀬尾 都紀)1

■2

「GHOSTのいる国、JAPAN」。諸外国にこのように呼ばれる程、幽霊が具現化して現れる国。日本。
これまで、空想のもの、といっても実際に「見た!」と言う人がいても一般には「いる」と確信を持たせなかった存在。

  霊。

霊は、一般の認識では「いるのであろう」と思われており、実際に見た人の体験談やそれを感じる人による
伝承により広く認知されているが、「誰でも、蝶や雲を見るように、当たり前に見られる物」としての霊、は存在しない。
だが、それは日本を除いた場合の話。日本では、ほぼ全日本国民が肉眼で見ており、また、存在を明確に感じている。
原因は当然わからない。霊は、喋らない。何も語らない。だから、「あの、なんで出てくるんです?」とも聞けない。
そして、なぜ日本だけこのようになっているのかも、わからない。長年「霊」の研究をしていた僕の先祖達も
結局答えには辿りつけなかった。
単純に考えてみよう。人種の違い?日本人だからだろうか。じゃぁ、日本で死んだ外国人の霊は出ないのか。
それも、わからない。
霊から、人種の違いを特定できない。日本人なのか、外国人なのか。だって、彼らは人間の姿で出てこないから。
彼らが僕らの前に現れる姿。それは、様々な色でぼんやりと光る、様々な形の「霊灯」だけだ。
古典的な、墓場にうかぶ火の玉のイメージとはちょっと違う。あ、でもあんなゆらゆらした感じ。動きは似てるかも。
もっと、うつろで、つかみどころの無い光。そして、その光はどんな物質に当たっても決して反射しない。
ただ、その空間がほのかに明るく、様々な色でゆらゆら揺れているだけ。
その光が何故「霊」と言い切れるのか。そこに圧倒的な「存在感」を感じられるからだ。そして、この国には
外国のような「人間の形をした霊」を見た人は一人もいない。ただの、一人もだ。

霊自体は全くの無害だ。たたりもなければ呪いも無い。おどろおどろしい恐怖も無い。
僕は、除霊一門の子供だ。もぅ100年以上も続く霊を洗い清めるプロフェッショナル集団の中で育った。
だから、霊については無知ながらもずっと、ずっと考えてきた。自分が何をすべきなのか、そして「霊」って何なのか。

何故、無害であるはずの霊を「除く」、「除霊」を生業して生きていくのか。

霊、にはさっき言ったようなもの以外に、もぅ一つ種類がある。「悪霊」だ。
遥か昔、平安時代からその名はあったものの、明確に存在を定義されたのは昭和、終戦以降の事。
終戦後、悪霊の数は爆発的に増え、日本はその被害を受けた。「悪霊」がもたらす被害。それは「記憶の喪失」。
悪霊の姿は、明らかに「物質」として存在する、光をまとった直径30cm程度の球体だ。
大きな口を持つ、といぅ共通点以外は、表情、姿は全く異なる場合が多い。個性、がある。
多くの人々が記憶を食われ、発狂する人間も少なくなかった。そして、ひたすら記憶を食った悪霊達は一つに固まり、
突然、生物のような形相をした「無元悪霊魂」となる。こいつは、ひどい。完全に未知のモンスター。
ほとんどの「無元悪霊魂」は体調3mを越え、鋭い爪で人の皮膚を裂き、その口で人間を食らう事すらあった。

しかし、その未知のモンスターは通常兵器で倒す事はできず、「悪霊」を駆除する能力を持った「除霊士」達でなければ
倒せなかった。
昭和20年以降、除霊士達は講を組んだ。当時、100体以上の悪霊を駆除し、脅威の除霊能力を持った「柳川 志保子」を
中心に、「柳川講」を設立。「柳川 志保子」が短命で死亡した後、志を受け継いだ「瀬尾 サト」が先頭に立ち、
「瀬尾講」を設立。数年後「瀬尾家」として一家となり、昭和40年から59年の間に「高志紀 満知子」、「吉舎 昇三」が
遠方地をカバーするために独立。「瀬尾家本家」「高志紀家」「吉舎家」の「瀬尾一門」が組まれた。

現在、瀬尾以外の除霊士達は血が薄れ、存在しない。今も各地に現れる「悪霊」を駆除するため、瀬尾家の除霊士達は
国からの依頼を受け、全国津々浦々を駆け回っている。

そして、僕もこぅして瀬尾の除霊士としてこの「悪霊の多い町、倉北町」へとやってきたわけだ。
この倉北高校は、人が一箇所に集まりやすい為、倉北町でもNo.1の悪霊スポット。もちろん、何故倉北に悪霊が多いのかも不明。
そんな学校に、かなり昔から「悪霊駆除委員会」は設置され、ずっと瀬尾一門の誰かが在籍し、生徒達の安全と記憶を守ってきた。
一昨年までは、吉舎家の息子、吉舎遊馬(きさ あすま)が在籍していたが、任期終了。昨年からこの高志紀 誠児が
委員長として在籍していた。

遊馬は実はもぅずっと前に卒業し、現在23歳だ。名前のまんま、遊び馬、、ってか暴れ馬として強烈で個性的な性格を
ぶちまけ、周りの後輩達をフルスイングで振り回していたらしい。
なんでも、一昨年一年間は在校生に誰も瀬尾一門の人間がおらず、急遽メンバーとして委員会に召還され、
吉舎遊馬、妻の吉舎 蘭(元々高志紀家の娘。遊馬と結婚し、吉舎家に入った)、瀬尾家からもぅ一人と
三人がシフト制で高校に滞在していたとのこと。

親が高志紀から勘当され、縁の薄かった誠児がたまたま高校進学時期で、「ナイスタイミング!」って事で本家からお声がかかり、
倉北高校に進学、委員会に入る事が決まったらしい。

そして、今年。校内の悪霊の数が激増した事と、またしてもたまたま僕が高校入学時期だったため、
誠児から本家に「へるぷみ〜〜〜」と要請があり、兄が当主になり手の空いた僕が倉北高校悪霊駆除委員会に入る事になった。

「へるぷみ〜〜〜〜〜〜」

「へるぷみ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「へるぷみ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」     ボフッ!!!

「うっさいな、何度も何度も!!!」「へるぷみ〜〜〜ってなもんだろ!!自分達じゃどうにも出来なくなって
僕に助けを求めたんだろ〜〜!!身長だけでかくたって全然除霊できてないんじゃん!や〜い」

顔面に思いっきり枕を投げつけられ、顔を真っ赤にしつつも、僕は誠児に向かって言い放った。
夜、9時。外はもぅ真っ暗で、14インチのブラウン管テレビからはパッとしないバラエティー番組が流れていた。
公団住宅の一室。誠児の部屋。僕は誠児に言われ自分の布団をしぶしぶひいているのだが、ムカつきが収まらず、
先ほどから誠児に罵詈雑言あびせている。  誠児は既に自分の布団を敷き終え、パジャマ姿でテレビを見ていた。
僕は、もぅ今日一日のストレス、寂しさをひたすら誠児にぶつけていた。数年ぶりの再会とは思えない風景が8畳程の狭い部屋で
繰り広げられている。何を言ってもテレビから目を離さなかった誠児は、一瞬振り向き、全力で枕を投げてきた。
顔面直撃。いい腕してる・・じゃなくて、いい根性してるぜこんちくしょう!!!

「ははっ」 

  「全然除霊できてないんじゃん!や〜い!」と僕が言ったのも気にせず、誠児はバラエティー番組の
「芸人大食い選手権」を見て笑っていた。

くそぅ・・僕はこんなにイライラしてるのに・・お前に呼ばれてはるばる来たのに・・芸人大食い選手権の方が大事か!!
僕はふてくされて、布団に入った。「寝る!!」掛け布団を頭の上まで思いっきりかけて、うずくまる。

「ん。おやすみ〜」

誠児は気を使ったのか何か知らないが、一度立ち上がり、部屋の電気を消した。そして、またテレビを見ていた。

「テレビがまぶしい!!」とゴネてやろうかと思ったが、僕は一日の疲れが布団をかぶった瞬間一気に襲い掛かり、
その一言も言えずに眠りに落ちた。

睡魔に襲われながら、また誠児の「はははっ」といぅような声が聞こえたような気がした。



あれだけ、「大人になる!」とか「思った事をスグに口に出さない」などとくりかえしていた昼間の覚悟は
「誠児」と相部屋、といぅ事実を前にもろくも崩れ去った。
誠児と佐江子の家が公団住宅だってのは知ってはいたが、まさか誠児と相部屋だとは思っていなかったのだ。
キッチンと、佐江子の部屋、誠児の部屋、、それとは別に僕の部屋がちゃんとあると思っていた。
昼に倉北駅で誠児達と合流してから、二人の住む部屋へ。これから三年間、倉北では僕は誠児の家に居候する事になっていた。

3年だよ?3年。今から、誠児と相部屋になるって事は、この先3年間、ずっと相部屋って事じゃん!!
僕のプライベートはどこに!!僕の部屋はどこ!!??どこぉぉぉ!!??

夕食中、それまでしおらしく「いいコ」を演じてはいたものの、内心では(むぅ、、あとこの家にどれだけ部屋が残っているのか、、
隠し部屋でもあるのか?まさか・・まさか・・いや、そんなはずは・・)などと思っていた。
(まさか、佐江子の部屋に掛け軸があって、それをめくると・・それをめくると・・・きゃーー!!そんなん素敵!)
三人で笑顔でこれからの事、瀬尾のじぃ様の事などを話し、出された天津飯をたいらげた後に、僕は勇気を振り絞って
佐江子に「あの・・僕、これからどこで寝ればいいんでしょう・・・」などと聞いてみた。
僕は、次に佐江子の口から飛び出す言葉にドキドキしつつ、目を輝かせて、佐江子の瞳を覗きこんでいた。
忍者屋敷みたいに、掛け軸から別の部屋に入れちゃうとか・・佐江子の部屋の隣にもう一室あるとか・・・

「うふふ☆ 誠児と同じ部屋ですよ♪ これから賑やかになるわね〜〜」と、即答した、佐江子様。

空いた皿をガタガタと片付け始める佐江子。飲みかけのお茶が入ったグラスをゆらゆら揺らす誠児。
「ごちそ〜さま〜」誠児はお茶を飲み干し、皿を重ね始めた。
その風景を茫然自失のまま僕は眺めていた。あまりに自然に即答され、何も気にしないように食事の片付けをする親子。
「いつまでも子供のつもりでいるんじゃねぇ!」と照が言った。「思った事、不満をすぐに口にしちゃいけない」と僕は思った。
は〜〜。天津飯美味しかった。佐江子さんの天津飯は絶品だね。

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・


「ちょっっと まてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!!!!!!!」


凄い勢いでそぅ叫んだ後、僕はリミッターが完全に外れてしまった事に気づいた。
テーブルにドン!と拳を落とし、目を真っ赤にして叫んだ。佐江子と誠児は一瞬きょとん、としてしまった。
僕は佐江子と誠児の顔を交互に見て、首をふんふん振っていた。
二人は、テーブルをはさんできょとん・・とし、そして、視線を合わせた。
はぁ、はぁと肩を震わせる僕の前で、二人は目を合わせ、クスッ、と笑った。「やっと、素の都紀さんが出てきた♪」

それから夜まで、「いままでど〜〜りの都紀クン」に戻り、「大人な都紀さん」はもろくも崩れ去った。
いや、もぅね、よく耐えたよ!うん!昼間の「ちっこい」連発といいね!いいよ!都紀君!君は頑張った!
自分で自分を褒めてあげたい!!
しかも、それを聞いて「うんうん。照から聞いていた通りの、都紀だね。やっぱ、変わってない。」と
「ふふふ。お前が昼間から猫かぶってたのは当然お見通しだったのさ」とでも言わんばかりに誠児がさらりと言ったもんだから
僕は余計にギャーギャー騒いでしまった。
「まぁぁぁぁぁじでぇぇぇぇ!!???ほんっとにぃぃぃ!!??なに?僕、一人部屋無いのぉぉ!!???
えぇぇぇぇ!!??そ・・そんなんあり!!??ショックだわ!思いのほかショックだわ!」
僕の口癖、「思いのほか」まで思いのほか早く飛び出した。
「あははははww本当、口調とか反応とか、照から電話で聞いたまんま!あっはははwww」
どうやら、子供の頃(瀬尾家での修行時代)から照は誠児と仲がよく、僕が倉北に来る前から、僕の特徴をしっかり把握していたらしい。
佐江子も、何事もなかったように「都紀さんったら、いい反応するわね〜」などと言う。

・・始末に終えない・・。この親子だけは本当に・・始末に終えない・・・。
僕は全身の力が抜け、キッチンのテーブルにズルズルと倒れこんだ。二人がテーブルの上を片付けていた。
椅子にだらしなく腰かけ、上半身をテーブルの上に投げ出した状態で下唇を突き出しスネた表情をしてみせた。
「まぢで・・まぢでぇ・・?」僕が小さく呟くと、テーブルの上を台拭きで拭いていた誠児が
「マジですぜ、おぼっちゃま。    ・・・・・・・・・邪魔だ!!」と言った。

僕は布団の中で眠りに落ちていた。そして夢を見た。身長が165cmに伸びた夢。
しかも、チョコレートケーキを、自分の部屋で、お腹いっぱい食べていた。
チョコレートケーキ♪ チョコレートケーキ♪むっはぁぁぁぁ!!!思いのほか美味いわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


次の日、朝9時頃、目が覚めるといきなり佐江子に「チョコレートケーキ買ってきましたよ。」と言われた。
「ちょこ・・??ん??」寝ぼけたまんま、頭をぼりぼり掻きながら、僕は首を傾げていた。
どうやら、僕は寝言で「ちょこれーと・・・ふふふ♪ ちょこれーとけーき、おいしいね・・」と呟いていたらしい。
布団からやっと起き上がった誠児が、寝ぼけた顔で「身長だけじゃなく、夢もお子様なんだな。」と言ったので、
フルスイングで枕を投げつけてやった。見事、顔面直撃。佐江子がそれを見て拍手した。いやいや、どうもどうも。

ここにきて、ようやく佐江子が「都紀さん、自分の家だと思って暮らしてね♪何の気遣いもできないけど、
何も遠慮しなくていいですから」と布団の上に座って、言った。
「ん〜〜。まぁ・・オレらも何の気遣いも遠慮もしないけどな。ま、仲良くやろうや。」と、ぶつけられた枕を抱えて誠児がつぶやく。
少しずつ、桜の咲き出す3月の空の下。まだ外は寒いけど、確実に春の息吹を感じる午前。
公団住宅の一室で、僕は、これが彼らなりの優しさなんだ、と感じた。ガッチガチにこり固まった僕を一気に揺さぶり、
緊張をすぐにとかせた。そして、素を出した僕に、改めて「ごあいさつ」してきた。

僕は、これから倉北高校、高志紀親子の家での壮絶でまぬけな日々を、過ごしていく事になる。
除霊と、悪霊駆除委員会について色々思う所はあるし、まだまだ不安いっぱいだし、照にももっと甘えたいけど・・

・・・・この二人となら、楽しくやっていけるかな・・・と思った。

僕は、やっぱり僕だった。瀬尾都紀は我侭で、やかましく、落ち着きのない子供っぽい男だった。
それでもいいか。照に言われて自分で考えた「大人な僕」とはやっぱりかけ離れてるけど、それでも僕は僕のまま。
我侭で、自分勝手で明るい自分でいよう。   でも、決して相手への細かい気遣い、恩と礼儀だけは欠かしてはいけない。
きっと、相手の事を思いやる事が出来るだけで、僕はずっと、ずっと大人になれる。今より、ずっと。
佐江子が買ってきてくれたチョコレートケーキを見て、なんとなく、ぼんやりと、そぅ思った。
小さな事だけど、ほら、こうして買ってきてくれた、ただのコンビニの安いチョコレートケーキが、僕にとって
最高に嬉しく感じられるんだから・・・。照、僕、急に大人になるのは無理だけど、少しずつ、少しずつ変わっていくようにするよ。

三人して、布団の上で座っていた。もぅ外も明るいのに、僕と誠児はまだパジャマだった。佐江子は朝からコンビニに行ったらしく、
洋服に着替えていた。
「じゃ、とりあえず。僕、今日カーテン買いにいくわ。部屋を仕切るカーテンをね。」
誠児にそぅ言うと、「あぁぁん!!??カーテン!!??部屋狭くなるじゃんか!」と返ってきた。

カーテン買う、買わない論争が発展し、また結局枕を投げ合っていた。
「なぁにがプライベートだ!フライ弁当か何かで我慢しとけ!!」ボフッ!「うわっ!!寒っ!寒っ!!なに、フライ弁当って!」
ボフッ!!誠児がうまいこと枕をキャッチ。また全力で投げてきたので、僕は、思いっきりよけてみた。
朝から枕投げし合う僕らを見て安心(?)したのか、立ち上がってキッチンの方へ向かっていた佐江子の後頭部に
強烈な一発が命中した。 
その後、佐江子が誠児にマジギレし、僕は佐江子の怒った時の怖さを肌で感じた。

昼頃に、佐江子は「罰ゲーム!これは罰ゲームです!!」とか言って、勝手にハローキティ柄のカーテンを買ってきた。
(瀬尾 都紀)2



 ■3

俺は、二番の男だ。中学時代の剣道の大会でも、ずっと二位だった。それはもぅ、お袋にも学校の先生にもえらく褒められ、
ツレにも「すげぇなー」と言われ続けたんだが、きっとみんな思っていたんだろう。「でも、優勝は出来ないんだね。」と。
従兄弟であり後輩でもある、高志紀 加奈子に「先輩!頑張って下さいね!今度こそ優勝出来ますよ!!!」
と大会前に激励された事があるのだが、「今度こそ優勝!」の一文字に俺は少し落胆した。
一番にならないと駄目かな、やっぱ。別に、俺は二番で充分なんだよね。そんなに「一番」になろうと思ってるわけじゃない。
準優勝するのは俺の普段の修練が実っただけで、それはそれで素直に嬉しいし、満足してるんだけど。
んで、きっとこんな考えだから優勝できないんだろうけど。

今日まで、俺はある意味「一番」だった。倉北高校に代々続く「悪霊駆除委員会」の「委員長」として「一番」だったんだ。
純粋な除霊士達が集まった過去の「悪霊駆除委員会」とは違い、今は普通の生徒、言ってみれば「素人」が多い現在の悪霊駆除委員会。
その中に、一年生で入会した(といぅより、入部する為に入学したと言っても過言じゃない)俺は唯一の「瀬尾系の除霊血統」であり
入って即効で委員長にさせられた。一年間、「一番」になったわけだ。
しかし、俺は「二番」に落ち、「一番」にふさわしい人間をこの悪霊駆除委員会に召喚した。
その男こそ、瀬尾 都紀。今日から、このちびっこぃ男が委員長だ。当たり前の結果だ。こいつの除霊能力は本物だからな。

その、本物の能力を拝見する機会は、都紀と加奈子が入学した、その当日にいきなりやってきた。
入学式の最中、本当に、真っ最中、無数の悪霊魂が突然大量に発生したのだ。
倉北高校は、悪霊が非常によく出る。それらから生徒達を守り、撃退するのが俺達「悪霊駆除委員会」の仕事だ。


4月の朝はまだ肌寒い。

「誠児達の除霊方法は、どうなってるの?委員会として悪霊を駆除するでしょ?具体的にどうやってるのか
詳しく聞いておきたいんだけど。」
二週間前から俺の家に居候し始めた親戚の都紀が俺を見上げてそぅ言った。
倉北駅、北口。都紀と俺は、これからもぅ一人の従兄弟、高志紀加奈子と合流して、倉北高校に向かう。

都紀に、「高志紀本家の加奈子ちゃんが、同じ年代で、同時に入学する事になるぞ」と言ったのは5日前。
従兄弟の加奈子ちゃんが倉北高に入るのは本人の意思でもあり、お家による計画でもある。
都紀と、真昼間からPS2でゲームしている最中、俺は思い出したように言った。右へ左へ、コントローラーの操作と
連動して都紀の体が揺れる。見てて非常に面白かった。その姿を見て、何故か知らないが俺はカナちゃんを思い出したんだ。
あぁ、そぅそぅ。カナちゃんもウチでゲームしてる時、体が揺れるんだ。それでだな。

「加奈子ちゃん」といぅ名前を聞いても、「だれそれー」と呟き、都紀はTVから目を離さなかった。
「ほら・・小学生の頃、瀬尾本家で修行した時にも会ってただろ。本家の娘だから、お前それ以外にも何度か会ってるハズだぞ・・
ってか、!お前バカの一つ覚えみたいに下段蹴りばっかしてくるんじゃねぇ!!!」

カチャカチャ・・ カチャカチャカチャカチャカチャ・・・

「いやぁ、あれだね。僕意外と上手いんじゃない?加奈子?あぁ〜〜なんとなく覚えてるわ。
僕確か背中にカエル入れたよね。あ!なにその技!って、あっ!ちょっ!!うそぉ!!」

カチャカチャ・・「YOU WIN!!」

「うわ、信じられん!めっちゃ卑怯じゃん!あんなん!!」 
「ば〜か!お前コマンド表ちゃんと見て技出せよ!ボタン連打してるだけで勝てるとでも思ってるんか!?ほんとバカの一つ覚え!
って言うか、背中にカエル!!??何やってんだよ・・・お前それある意味セクハラじゃねぇか」
「セクハラ!?なにそれ意味わからんわ!あ〜、思い出した。本家の娘だ!」
(だから、そぅ言ってるだろ)
「へぇ〜、あのコも倉北高校に入学するんだ〜〜〜。へ〜〜。やっぱ、委員会に入るって事なんだ?」
都紀は眉間にしわを寄せながら、ゲームの説明書、コマンド一覧のページを凝視していた。まるで、加奈子ちゃんが
来る事にあまり興味がないような態度だ。
しかし、「委員会に入るのか?」といぅ質問に、俺は言葉を詰まらせた。実は、まだ加奈子ちゃんに委員会の事を
一度も言っていなかったのだ。カナちゃんは、俺や都紀ほど、家の事や除霊に興味を持ってないように見えたからだ。
しかし、きっと高志紀家の目的は加奈子を委員会に入れる事なんだろう。本人に除霊士としての自覚を持たせる為に。
カナちゃんと除霊関係の話をした事は一度もない。だから、彼女がこの仕事をどう思っているのかはよくわからない。
そして、その能力も、本家の人間とは思えない程、「わずかなもの」らしい。高志紀のおじい様から聞いた話だが・・・。


四月の朝はまだ肌寒い。

二人は、今日が入学式だ。都紀と俺は一緒にお袋に車で送ってもらい、待ち合わせの倉北駅にやってきた。
まだ、加奈子の姿はないが、もぅちらほらと高校生達が駅構内を歩いていた。そろそろ、俺達も向かわないとな。
都紀は初めて倉北に来た時は駅前のコンビニやカラオケにいちいち大声で反応し、興奮していた。それにイチイチつき合わされる
俺の気もおかまいなしに。
都紀がついこないだまで暮らしていた実家はド田舎で、いや、屋敷自体はもっっのすごい坪数ででっっかいんだが、
なんせ周りには森と林と田んぼと古びた学校しかない場所だった。
信じられない事に、携帯すら持った事もなかったらしい。家で俺がメールしている最中、「なにこれ、うわ!携帯だ。
今これ何してるん?今これ何してるん?操作?操作なの?どんな操作?電話しないん?携帯なのに電話しないん???」と
俺の背後や横、正面をぴょんぴょん飛び回り、携帯画面を覗きこんで騒いでいた。その動きと声は非常にわずらわしく、
温厚な俺に「うっっせぇぇ!てか、邪魔!ウザい!!」とキレさせる程だった。
どう考えても、「携帯欲しい」と思っているに違いないんだが、本人は全くそのような事は言わない。
こいつ、意外にも”ちょっと無理がありそう”な要求とかは一切言わない。兄の照から聞いていた性格とは少しばかり
違ったので、拍子抜けした。まだ、気を使っているのか、なんなのか。
お袋も、「都紀さんが携帯欲しい、って言ったらすぐ作ってくるけどねぇ。なんだかまだ気を使ってるみたいだし、
もう少し様子見ようか」と言っていた。
家でも、色んな事にいちいち反応し、喜んだり笑ったりしているが、実際俺はそんな都紀を「面白い」と認識し、
決して悪い印象は持っていなかった。最低限の良識と礼儀はわきまえ・・(ようとし)ている。
お袋に言われたように、俺は少し都紀に対して「弟」のようなイメージを持ち始めていたのかもしれない。
その149cmといぅ可愛らしい身長と、幼い顔、そして小動物のような動きをするその姿は、思っていたより
親近感が沸く。
瀬尾家とか、高志紀家とかも関係なく、除霊行為からも離れていたここ最近の生活で、俺はすっかり都紀を自分より「下」と
認識し、兄のような気すら持ち、接していたわけだが。

入学式当日の朝、駅前でもぅすっかり馴れた「コンビニ」でコーヒーを買い、俺の横に戻ってきた都紀は
初めて見たような鋭い表情で、「除霊」「委員会の具体的な悪霊駆除方法」を聞いてきた。俺は、その顔を見下ろし、
一瞬固まった。表情や口調のイメージの違いによる動揺ではない。

「本物の、悪霊駆除のプロフェッショナル」を前にした、緊張、だった。

都紀は除霊について聞いた後、コーヒーを飲みながら、駅前のターミナルを歩いてゆく学生やサラリーマンを目で追っていた。
俺は言いようのない緊張感につつまれ、てもちぶたさの手先は、カバンについたキーホルダーをカチャカチャといじった。
「ん?」と、数秒間返事のなかった俺を再び見つめる都紀。その表情には幼さが戻っている。
「えぇ〜〜っと、、。俺が封呪術で皆の武器に砕霊呪を封じ込めて、それをもってみんなで肉弾攻撃・・」
「へぇ〜〜」
な、なんで俺が都紀に緊張しなければいけないんだっ!!嫌な感じだよ、まったく!
俺は、きっと都紀の「除霊」に対する真剣さを真正面に感じてしまったのだろう。たった、少しの言葉、質問だけで。
いつも「このちびっこ」だの「子供」だの思っているが、実際は、除霊、家柄、どちらにおいても俺の方が格下なんだ。

都紀は、北口の真っ白なコンクリートにもたれかけ、「具体的に、どんな武器?肉弾攻撃ってどんなの?」と続けた。
「えっと・・バットで殴りつけたり・・」 「・・・!!!!」 バット、といぅおよそ除霊からかけ離れた単語に
驚いたような、怒ったような表情で、都紀は俺の顔を見上げた。
「あと、エアガンで打ったり、あ、この二つは委員会って言っても素人の先輩がやってる攻撃だから!」
「バット・・エアガン・・?」  「そ・そぅ。」
「あ、俺は違うよ!?俺はちゃんと瀬尾から貰った”ムラクモ”を使って、封呪術を駆使して戦ってるよ!」
コーヒーを飲みながら、俺の方を見たりサラリーマンの背中を見たりしている都紀に、焦った口調で言った。
表情が固まっている。そんなに俺達の現在の戦法に呆れたのか、都紀は缶コーヒーを飲み干し、空き缶を地面に置きながら
「はぁぁぁ。なるほど、それはそれで面白そうな戦法だけど。」と呟いた。

なんだ、なんだよ畜生!!なんか、除霊の話をする時のこいつ、怖い!なんか嫌な感じ!!
やっぱこいつ、普段の「お子ちゃまモード」の方がいいわ。はぁぁぁ。色んな意味で、疲れるわ、都紀といると。


■3 続き 12月25日更新
なんだか都紀から妙な威圧感を感じた俺は、地面にコーヒーの缶を置いた行為に対して
「おい・・ちゃんと捨てろよ」とせめてもの抵抗をしてみた。
「ん?」都紀が俺を見上げる。「あ、あぁ」一瞬間を置き、コーヒーの缶を拾い、空き缶入れに
缶を捨てに行った。とことこと数メートル先のバス停付近へ。
バス停あたりの歩道の隅に、自動販売機と空き缶入れがあり、そこへ捨てていた。
そんな都紀を遠巻きに見ながら、俺は首のあたりを掻いた。

調子が狂う。すこし、胃のあたりに不快感を感じる。都紀と再会してから、今までずっと
からかったり、遊んだり、喧嘩ばかりしていたりしたが、
大抵、俺は都紀に対して上目線で話をしていた。実際、人間性からするとどっこいどっこいだし、
学業も、身体能力も変わらない。
じゃぁ、なぜ上目線だったかと言うと、本人は怒るかもしれないが、やはり身長からくる幼い
イメージ、これが大きかったと思う。
別に、馬鹿にしているわけじゃない。そうじゃなく、俺にとって都紀は「かわいがる対象」に
なっていたのかもしれない、というだけの事。イメージ的に、俺が上だった。あくまで、イメージ。

でも、そんな奴が、ふと自分より「上」だと感じると、なんとも・・不愉快。
いや、不愉快ではなく、不快感?ちがうな。違和感、、そうだ、違和感を感じる。その違和感は、
俺の心になんとなく暗い影を落とした。

もしかして、こいつ俺が今まで無意識に隠していた「本当の自分」に触れてくるのでは・・・
そんな予感すらして、気分が滅入った。なにせ、こいつは人の警戒心を解く不思議なオーラがある
のだ。そして、警戒心の解かれた、油断した俺に、いきなり「気に障る」事を言ってくる。
さっきの言葉、俺には「僕、お前より除霊師として上なんだよ、わかってる?」と聞こえた。
気のせいなんだろうけど。そう聞こえた理由は、2番目の男であり、それを容認しているはずの
俺が、「2番目である事が悔しい」と思ったからだろう。これは、困ったものである。
あぁダメだ、なんか日本語がめちゃくちゃだ。混乱してるな、俺。

「いやぁ〜、びっくりした。バスが止まったと思ったら、一気に黒い制服の軍団が降りてきて、
なんだこいつら!!!!と思ったら倉北高校の生徒じゃん!!!??」
俺がずっと一思案していた倉北駅出口横に戻ってきた都紀は、いきなり口をとがらせて
こう言った。悪霊駆除の方法の話をして、空き缶を捨て、戻ってきたらいきなりこれだ。
ほっぺたを真っ赤にして、目をきらきら輝かせ、口をとがらせ続ける。
「うわ、こいつら真っ黒!学ランじゃん!高校にもなって学ランじゃん!女子も紺色のセーラー服
じゃん!どんだけシブいんだっ、って思ったら僕も学ランじゃん!どーするよ!?」

何故か、足でステップを踏み、佐江子から貰ったキーホルダーをぶんぶん振り回す。楽しそうだ。
俺はもぅ、意味がわからなすぎて、「どーしような」としか答えられなかった。


そろそろ、時間だ。今日は佐江子はこないが、加奈子ちゃんの親(高志紀)が来るはず。
あのお屋敷一家なら娘共々車で颯爽と登場・・・するはずなのだが、何故か来ない。
倉北駅から高校まで、自動車なら5分程度で到着するが、それでも遅すぎる。いつも頻繁に
メールしてくる加奈子ちゃんからも、全然連絡が無い。
それでも多少、まだ時間はある。俺と都紀の周りにも、まだ悠長に歩いている倉北校生がいる位だ。
駅前は学生とサラリーマン、夫を見送る妻、老人、小学生などでかなり賑やか。
誰もが急ぎ足で、壁にもたれている俺や都紀などには見向きもしない。みな、忙しそうだ。
まぁいつも通りの見慣れた風景。いつもの俺も、この忙しそうな人々の一人だ。

「あぁぁぁあぁ・・寒いっ!高志紀の娘まだ来ないの!!??遅い!!遅い!!」
時間にはまだ多少・・多少余裕があるが、都紀はもぅ限界だ。さっきから同じ単語ばかり繰り返して
いる。さっきから俺達は、まともに会話していない。都紀は「寒い」と「遅い」の連発、
俺はと言うと、今日からの悪霊駆除委員会の運営、委員長業務の引継ぎ、委員紹介について
ぼんやりと考えていた。せっかく悪霊駆除委員会の事考えてるなら都紀とその話すればいいのに、
と思うかもしれないが、なんとなく、今は嫌だった。何故かまだ、その話を真剣にしたくない。
だから、都紀がキーホルダーを人差し指にかけ、ぶんぶん回しながら「寒い!」「遅い!」を
連呼する度、俺はぼんやりと「うん」「ん」「だなぁ・・」「寒いなぁ・・」「遅いなぁ・・」
と相槌を打つだけだった。

「高志紀の娘が来たら、開口一番 おせぇぇぇぇ!って言ってやる!」とちょっと無視できない
言葉が飛んできた。「いや、やめろよ」と、改めて都紀を見ると、何故かまたコーヒーを飲んでいた。
「えぇぇぇぇ」と、心の中でテンションの低いツッコミをしてみる。え、いつの間に新しく
コーヒー買ってたんですか・・いや、ってかコーヒー飲みすぎだろ・・

「ここは、バシッと言ってやらなきゃダメだろ」どんどんキーホルダーの回転速度が上がる。
「いやいや、お前いきなり数年ぶりの再会でそんな事言われたら、心象悪いだろ」と返す。
「いやいやいや、旦那、甘く見られちゃお仕舞いですぜ。」何だよそれ。

と、そこで都紀の視線が固まった。俺の背後を見ているようだ。
振り向くと、紺色のセーラー服を着て、髪を短く切り、学生らしく清楚な佇まいで立つ
加奈子ちゃんがいた。加奈子ちゃんもまた、ほっぺたが真っ赤になり、白い息を吐いている。

「おはようございます!今日はわざわざすみませんっ!」入学式に付き添う約束を
した俺に思いっきり頭を下げて加奈子ちゃんは言った。こんな時でも、忙しく歩く人たちは
見向きもしない。
「あ、おはよー。はやかったね」そう言い返してみる。加奈子ちゃんは俺の妹みたいなものだし、
可愛いと思っている。同じ高志紀家の子供だから、直接血はつながっていないけど
いとこ、みたいなものだ。俺なんかが面倒見れる事があったら、何でもしようと思った。
思わず「はやかったね」と口をついて出てしまったが、振り返ると、やはり都紀が冷たい視線で
俺を見つめていた。「君、やっぱ上手いことやってんね」とでも言わんばかりに。

完全に壁にもたれきり、キーホルダーを振り回していた都紀が姿勢を正し、加奈子ちゃんの方を
向いた。

さて、幼少時に服にカエルを入れたり、入れられたりした仲のこの二人。
さっきまで「最初にガツンと言ってやる」などと言ったり言われたりしてた仲のこの二人。
どんな会話をするのだろう、と思って、向かい合う二人を眺めていた。寒い。

「あ」「え?」「あ、高志紀加奈子です」「あ、あぁぁ・・」「あの、瀬尾本家の・・」
何故か、加奈子ちゃんは動揺しているように見えた。
「あ、あぁぁ・・」と言ったまんま都紀は固まっている。眉毛を吊り上げ、また口が尖っている。
まぁだキーホルダーをぶんぶん振り回したまんまだ。
さて、なんて言う・・

「おso・・っ」ヂャン!!「あぁっっ!!」
おそい、と言おうとしたのか、意外と小声だったためよく聞き取れなかったが、
尖らせた口から言葉が出た瞬間、都紀の人差し指からキーホルダーが吹っ飛んだ。
「あぁぁぁっぁ」 空を飛ぶキーホルダー。佐江子が大好きな「スヌーピー」のキーホルダー。
鍵がまだついていないそのキーホルダーは道の真ん中へ落ち、都紀は慌ててそれを拾いに行った。

その姿を見て、俺も加奈子ちゃんもポカーンとしてしまった。何だ、それ。

都紀の後姿めがけて、加奈子ちゃんが「あっ、、」と声を出した。
スヌーピーのキーホルダーを慌てて拾った都紀が、かがんだ姿勢から、何かをやりとげた顔して
振り返りこう言った。

「瀬尾都紀ですぅっ!!」


ってか、めっちゃ笑顔だしっ!!!!!なんだそれっ!

あっけにとられた加奈子ちゃんも、とりあえず「高志紀加奈子です・・」とだけ返した。

その後、実は加奈子ちゃんの親が後から来るため、高校まで徒歩で行く事が判明。
三人して走ったのは言うまでもない。

あーあ。

(高志紀 誠児)1

■ 4

それは、突然の出来事だった。倉北高校悪霊駆除委員会の新生、新たなる戦いは何の前触れもなく
やってきた。
悪霊達は、人が一箇所に集中して集まるとそれを狙ったように出てくる場合が多い。
奴らの主食は人々の記憶だからだ。バラバラに散って、人を狙い記憶を食い、それから集まり
合体するよりも、一箇所に詰め寄った人間たちを一気に狙った方が効率がいいからだ。
当然、悪霊が発生すれば俺達 悪霊駆除委員会はそれを消しにかかる。しかしそのアクションは
霊的なものとゆうより「暴力的」な面も大きく、言ってみればあまり人が密集している場所では
やり辛かったりする。(例えば、バットを振り回せば人にあたってしまう危険性がある)
奴等はそれを知っているかのように、体育館などに人が集まると確実に出現する。だから入学式など
人が集まる時は悪霊駆除委員会が護衛につくのだ。

俺が去年入学し、吉舎遊馬から引き継いで一年間委員長をやってきた中では、体育館の中での
イベントによる悪霊発生率は98パーセント。毎回、9体から11体程出る。
授業などでは、平均で17パーセント程度。1体から4体の悪霊が出る。
この体育館での悪霊発生率を見れば、俺達が体育館イベントに敏感になるのは理解してもらえる
だろう。
そして、今日の入学式は、俺にとっては特に特別なものだ。自分がオファーし、はるばる
瀬尾家から呼び寄せた瀬尾家子息、瀬尾都紀の入学式。と、同時に同じ高志紀家の娘、
加奈子ちゃんの入学式だからである。
だが、もうひとつ、俺にとってこの入学式が「特別」である理由は、
俺にとっての、悪霊駆除委員会委員長としての最後の仕事だから、というもの。
この入学式が終われば、悪霊駆除委員会にて引継ぎ業務をし、当日中に委員長権限が受け渡される。

他の委員会に比べて、即委員長変更などの変なシステムになっているのは、この委員会が
ほぼ学校業務の一環になっているからだ。委員長引継ぎは校長や瀬尾一門の顧問が立会い、
厳粛な空気の中で執り行われる。それほど、「悪霊で有名な倉北高校」にとって悪霊駆除委員会は
大きな役割を担っているのだ。

入学式の最中。俺は体育館の隅っこで先生達に並びパイプ椅子に座っている。校長の訓辞を聞く
新入生一同を前に、拳を強く握り、その拳を膝の上に置き、こわばった顔で佇んでいた。
見た目からは想像できないかも知れないが、深夜12時頃まで深夜番組を見ていた俺は
頭の中では正直眠気を抑えられず、いや、俺のこの最後の大仕事の最中に眠気を感じるとは
何事だ、と自分を戒めたり、都紀はなぜ10時とか子供みたいな時間に寝れるのか、とか
結局加奈子ちゃんの両親後から来たのか、とか今日の引継ぎをどう執り行うかとか、などを
ぼんやり考えていた。

色々考えていると、そのぼんやりした頭の中に校長の眠たくなる言葉がなだれこんできて、
妙な心地良さを感じ、その心地良さが更なる眠気を誘発するのだった。

どうにもこうにも、お笑い芸人が出てる番組が見逃せない。そして本当に面白いと思える芸人は
深夜番組にしか出て来なかったりする。ゴールデンタイム出てる芸人達は一発ネタやなぁなぁな
ギャグなどでごまかしているだけでなんとも味気ない。
そんなワケでしょっちゅう深夜番組を見てしまうわけだが、なんとかしたいものである。

また、都紀が部屋に来てから消灯が10時頃(早ければ9時。子供かよ)になってしまった為
暗闇の中テレビを見る事が多くなり、さらに目や頭にかかる負担が増えてしまった。
お笑い番組だけではなく、ボクシングやF1など、見逃せない番組も深夜放送が多い。
あぁ・・眠い・・・

校長の訓辞が終わった。校長は段から降り、次に進行役の教師の一声で理事長が壇上に上がった。
さて、これからがまた長いぞ・・
校長は普段の委員会業務にも積極的に支援してくれる人で、俺自身は結構「いい人じゃん」と
思っている。54歳とは思えない程若々しく、性格も明快。良い事は良い、悪い事は悪いと
はっきり言ってくれるし、誰かに注意をしても、絶対にそのフォローを欠かさない人だ。
それに反して、理事長は微妙だ。そもそもなんでこんな小さな高校に「理事長」なんてのが必要
なんだか分からないが、とにかく、俺達学生からしたら「お飾り」なイメージでしかない人。
俺があまり理事長を良く思っていない。初めて理事長が悪霊駆除委員会を訪れた時、
その時はまだ俺は入ってばかりで、先代の委員長、吉舎遊馬がまだ委員室にいたんだが
俺が理事長に会って「こんにちわ」って挨拶したにも関わらず、理事長は完全にシカトしやがった。
俺や他の部員の挨拶を無視して、遊馬にだけ声をかける。その瞬間、みんなの意見は
「理事長うぜぇ〜〜」で固まった。確かに俺は高志紀家から疎遠になった子供だし、
他の委員達も瀬尾一家とは縁もゆかりも無い人達だけど、そんな瀬尾一門の人間にしか挨拶しない
なんて露骨な態度を示されると、どうしても不快感を感じてしまうわけだ。

さて、そんなシカト理事長のありがたい式辞も、今の俺には良い子守唄。
先生が横にいるのも忘れて、夢の世界に片足つっこんでしまっていた。

悪霊が名物の、倉北高校。一部には、悪霊がいる学校生活、スリルのある学校生活を単純に
面白いと考えて入学してくる奴もいるという。
当然、自分の子供が悪霊に記憶を食べられてしまい、学校に怒鳴り込んでくるような親もいる。
しかし、悪霊で有名な高校にも関わらずこれだけの新入生がいる、というのは
倉北高校が意外と「有名な進学校」であるという事が理由になるだろう。
有名進学校である上に、入学説明会では同時に「悪霊説明会」も執り行われる変な学校。
変と言われれば、悪霊がこんなにいるのも変だし、そこに入ってくる奴らも変だ。
そこでのうのうと学校やっちゃう経営者も教師も変だし、悪霊駆除してる俺達も変だ。
ここは、一言で言えば変な場所。

変な場所、と笑っていられればいいが、そうも言っていられない場合もある。
記憶を食った悪霊達が15体以上合体すると、実体化した凶暴なモンスター、「無元悪霊魂」
(むがんあくりょうこん)が発生してしまうからだ。
2メートル近い身長、鋭い牙と爪、鋼のような筋肉をまとった姿、無元悪霊魂は物理攻撃で生徒を
襲う。6年前には一度無元悪霊魂を実体化させてしまい、一人の生徒が重症を負った事がある。
俺達 悪霊駆除委員会の目的は、この無元悪霊魂を発生させない事、発生させてしまった場合
それを実力を持って駆除する事、悪霊発生の理由、構造を把握する事だ。
昨年、2度程 無元悪霊魂を発生させてしまった。あれは倒すのしんどかった・・・。

言うまでもなく、俺達(というか瀬尾一門)には何故倉北高校にこうも悪霊が発生するのか
原因を追究する必要があるのだが、その謎は未だに明らかになっていない。



ふっ

あ、俺、眠ってたか・・・あ・・いかん・・

・・・・・

・・あー、長いな・・・。早く終わらないかな・・・・

・・・・・・

・・・・・・・
どうにも眠気がおさまらない・・まぶたが・・・重い・・・

・・・

・・・・

「うわぁっ!!」  ガタンっ!!

ふっ、と目を開ける。誰かの叫び声がした。パイプ椅子の音と・・
新入生達が並ぶその列の真ん中あたりで、声とパイプ椅子のぶつかる音が続いた。

俺は完全に目を覚まし、目と耳に全神経を集中する。なんだ・・!?
さっ、と足元に寝かしていた日本刀、ムラクモに手を伸ばす。目は新入生達の方を見たままだ。
理事長の言葉が止まった。一瞬、体育館の中が沈黙に包まれる。
新入生の列、先ほど声がしたあたりからふっ、と透明な直径30メートル程の球体が浮かんだ。
3秒程で床から2メートル程の位置まで浮かび上がり、ふわふわと揺れている。
俺はその姿を見た瞬間、反射的に床からムラクモを拾い上げ、肩に担いだ。緊張が走る。
鞘と和柄の袋に包まれたムラクモが隣にいた先生の肩に当たったが気にしなかった。
体育館の沈黙が解け、あちらこちらから「うわっ」だの「あ、」だの「悪霊!」だの
色々な声が聞こえてきた。球体を凝視したまま、数秒間、俺は固まった。額に汗がにじんだのを
感じた。

声がしてから、この瞬間まで8秒程。本当に、一瞬の出来事だったのだ。

次の瞬間、新入生の列を挟んだ、体育館の反対側から叫び声が聞こえた。


「高志紀!!!!!!」


悪霊駆除委員会、円(まどか)先輩の声だ。その声が体育館中に響いて、そして次に
信じられない光景が視界に入った。

きっと、円先輩がいた方向から、床から這い上がるその姿がはっきり見えたのだろう。
俺がそれを目撃するのはワンテンポ後の事だった。

先ほどの悪霊に続いて、大量の悪霊が突然床上2メートルの位置に浮かび上がった。
俺は再び硬直した。

新入生達の上に浮かび上がった悪霊、ざっと見ても・・

  そ  の  数  、  1  0  0  体  以  上  !  !  !


全身が、恐怖に包まれる。体中、鳥肌総立ち。体温が上がり、顔面が高潮する。
パイプ椅子がぶつかる音、生徒達の悲鳴、教師達の怒号、逃げ惑う父兄、生徒。その中で、押し流されない ように
足をふんばり立つ。悪霊から目が離せない、離さない。やるべき事は、ただ一つ。「悪霊駆除」!!!!
その前に、もぅ一つ・・・
ベルトに結んであったピンク色の巾着袋、その中にあいつの武器が入っている。人ごみの中、見慣れた顔の 女生徒を発見した。
ごっ、と生徒の肩が胸元に当たる。いてぇな、ボケ!落ち着いて逃げろ! 
尻部のポケットに押し込まれていた無線機に手をやり、反対側のポケットのヘッドセットを取り出す。そし てヘッドセットを装着した。
人ごみを掻き分け、こっちに気づかずにあさっての方向へ走る女生徒に連絡をとるためだ。
女生徒の名は加納美紀。悪霊駆除委員会メンバーの一人。彼女もヘッドセットを装着している。
「加納!」そう叫ぶと、加納美紀は長い髪をゆらし、あたりを見回した。「舞台横!右側!」そう言うとや っとこちらに気づく。
「高志紀!」ヘッドセット越しに聞こえてきたその声。やっと、加納と目が合う。逃げ惑う生徒や教師に阻 まれて近くまでいけない。
悪霊達は大半が宙を舞い、その一部は次々に生徒達を追っていた。

俺は、加納めがけてピンク色の巾着袋を投げつけた。

(高志紀 誠児)2

■ 5




悪霊!!?ちがう、この数、、光衣霊!!??いや、普通の霊じゃない、紛れもなく、悪霊!!!
さっき後ろの方でガタっ、と音がして、振り返って見ると、一体の霊が2m程先の生徒の頭上に漂っていた 。
そして、すぐ次に僕の足元からも複数の悪霊が浮かんだ。いや、隣からもいや、その隣からも・・
なんだこれ!?なんだこれ!!??こんなにひどいの!?話は聞いていたけど、こんなに・・

「高志紀!!」聞きなれない声が体育館に響く。僕は、すぐに天井を見上げた。
どっ、と周りの生徒達がどよめき、パニックになった。パイプ椅子が床に転げ、狭い体育館内で
生徒達は悲鳴を上げながら必死に揉み合っている。逃げようとすると、他の生徒にぶつかり
それが連鎖して、怪我人が出そうなくらいの大暴走になった。
ぐっ、と僕の顔にも誰かの背中がぶつかってきた。くそっ、邪魔だ!!邪魔だぁぁぁ!!
どけぇぇえぇl!!!

僕はとっさに、パイプ椅子に登った。腰の辺りで学生達がおしくら饅頭状態でぶつかり合う。
パイプ椅子の上から、やっと壇上のおっさん、来賓席、教師達の姿を見回せた。
体育館は騒然としている。そりゃぁそうだ。もはや天井が見えない。とんでもない数の悪霊が
浮かんでいるのだ。さっそく、人を襲いだしている悪霊もいる。

僕も、瀬尾本家の仕事でいくつもの悪霊を見てきたが、これほどまでの量は見たことが無い。
同時発生の悪霊として、最大でも同時に30体前後。これは、100体以上はいるぞ!!!
教師達が体育館のドアを開けようとしている。しかし、そこにも逃げ出した生徒達がぶつかっている。

「何やってんだっ!」思わず声に出た。全体を見回し、誠児を探す。
「ぎゃぁっ!」「うあぁぁあ!!!」「キャーーー!!」「おちつけ!!」「逃げろぉぉ!!」
さまざまな叫び声が体育館を埋め尽くす、その中で、僕は逆に冷静になっていった。

「高志紀ぃぃぃ!!!!」また、誠児を呼ぶ叫び声が聞こえた。さっきのとは違う声。
そうだ、今ここには悪霊駆除委員会が全員揃っているんだ。まだ紹介もされていない悪霊駆除
委員会の見知らぬ面々が、連携を取ろうと必死になっているのだろう。
しかし、まずいぞ、この数!この人数!!喰われ放題だ!!

「せぇぇぇぇぇいじぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
僕は、パイプ椅子の背もたれに片足を乗せ、もぅ片足をパイプ椅子に乗せ、叫んだ。

やっと、生徒達が体育館から少しずつ逃げ始めた。壇上にはもう誰もいない。
生徒達や教師の怒鳴り声、パイプ椅子がぶつかる音でかなりうるさい。
「ときぃぃ!!!!!」
後ろから声がした。振り向くと、体育館の端っこでムラクモを肩に構えた誠児が視界入った。あの身長でも 顔しか見えない。
誠児はこっちを凝視したまま、ムラクモを袋から出し初めた。

今度は、壇上に視界を移す。すると、そこにはモバイルPCを持った生徒が一人仁王立ちしていた。全身が 見える。
制服をバリッと纏い、綺麗な姿勢で佇む男子生徒。短髪で、まだわずかに幼さの残った顔立ち。右手で横幅 20cm程のパソコンを
持ち、左手で頭に装着されたヘッドセットを押さえている。体育館全体と、パソコン画面を交互に見ている 。
何やってんだ?と思ったが、あれもきっと悪霊駆除委員会の一人なんだな、と思った。あのヘッドセットで 連携とっているのか、
しかしパソコンなんて持って何してんのか。思わず「なんだあれ」と呟いてしまった。

次の瞬間、天井にいた100体近い悪霊達が一斉に生徒を襲い始めた。「っ!!」天井付近に停滞していた 光の球体達が一斉に
降下し、凄い勢いで動き始める。球体の半分くらいが裂け、凶暴な大きな口のような姿を形成した。
逃げ惑う生徒、身長の低いメガネをかけた新入生が悪霊に捕まる。「う!」と声を出し、新入生は動きを止 めた。
透明な球体は、新入生の頭に張り付き、そして頭から光のようなものを吸い取り始めた。
悪霊が記憶を食べている光景、そのものだった。
まずいっ、!!そう思い、腰に手を当てたが・・呪符が無い!!!!「ちっ、」思わず舌打ちする。
ひとしきり記憶を食べられた新入生のメガネの少年は、その場に倒れこんでしまった。その光景を見ていた がどうしても近づけない。
あまりにも逃げ惑う生徒達が邪魔になって仕方がないのだ。パイプ椅子と生徒達に紛れ、今はもぅその新入 生の姿も確認できない。

再び周りを見渡すと、今度は逃げ惑う生徒達をかきわけ、僕に近寄ってくるロングヘアーの女子生徒が見え た。
「どけっ」「くぉらっ!」「うぜっ」生徒の背中を押しのけ、時には足で蹴り、「どけっ!ボケがっ!」な どと言いながら近づいてくる。
手に何か持っている。誠児は何処行った!?パイプ椅子の金属音と、悲鳴、体育館を揺らすような足音で耳 が麻痺しそうになる。

いた!壇上だ。モバイルPCを持つ男子生徒と合流し、何か叫びあっている。誠児もヘッドセットを装着し ていた。
ムラクモが、鞘から抜かれた。その日本刀は妖しい光をたたえた。瀬尾家から伝授された、誠児の武器らし い。
壇上から男子生徒とパソコン画面を確認しながら、体育館全体を見回していた。落ち着きなく体を動かし、 、顔は高潮している。
まだこの状況で自分が攻撃に入れない事を分かっているのだ。当然だ。この状況で、まだ日本刀は振り回せ ない。

その姿を確認し、僕は「せいじぃぃ!!!!」と壇上めがけて叫んだ。 入学式直前、僕は誠児に呪符を預 けていたのだ。
僕の除霊道具は、おじい様から受け継いだ呪符。これがなければ話にならない。攻撃に転じる事ができず、 状況を見守る事しかできない。

「たっ、たすけてぇぇぇ!!」叫び声はまだ体育館の中で連続していた。「ぎゃぁぁぁ!!」生徒や父兄の 数人が、また記憶を食われた。
その姿を見ながら、幾分人が減ってきたかな、そろそろ・・と思った次の瞬間、ふっ、と誰かが僕のズボン をつかんだ。
突然の事に、全身が硬直する。汗が吹き出る。ふと腰らへんへ視線を落とすと、さっき叫びながら近づいて きていた女子生徒がいた。
手に何かを持っている。へっ?と思う間もなく「お前だろ!?トキって!!」と女子生徒が叫んだ。
「そうだけどっ!?」騒然とする体育館内でも聞き取れるよう答えると、女子生徒は僕の胸ぐらに呪符とヘ ッドセットを突きつけた。
よく見ると女子生徒もヘッドセットをしていた。

そのまま、僕は何も言わず、ヘッドセットを装着した。腰に呪符を下げる。女生徒はすぐにまた別の方向へ 移動し始めた。
「ときぃぃいっぃい!!!」壇上からまたしても誠児の叫び声がした。ふっ、と視線を誠児に向ける。
誠児は壇上で拳を握り、足を開いてこっちを睨んでいた。

「今から、お前が委員長だぁぉあ!!!」

--------------------------------

俺は、今この状況では、まだ何も出来ない。生徒達が早く逃げてくれるのを待つだけだ。
それでも、今できる事は最大限までやる。委員メンバーに指示を出し、連携を取る。
そして、この悪霊達に、最大の攻撃を与える。二番目の男だから出来る、唯一の事!!

悪霊達に、悪霊駆除委員会-委員長-瀬尾都紀の誕生、という攻撃を!!!

(高志紀 誠児)

ちょっとちょっと!!!これどぅいう事!!痛い!痛い押さないでよ!!!
悪霊、こんなに出るって絶対ヤバいでしょ!!??どうしよ、どうしよ!!
これ、瀬尾一門として戦うべき!!?? 
え、高志紀先輩!!??都紀!!??何やってるの!!!??うそ!!??
もしかして、戦うつもり!!???私達だけで、なんとかするつもりなの!!!???

(高志紀 加奈子)

神野、よく聞こえない!!!って、うぜぇよこいつら!!!
あん?委員長?誰が?あそこにいるチビ!!??あ〜、あれが瀬尾都紀か!?もしかして!!
すげー!いきなり瀬尾都紀の除霊見れるのかよ!
よっし、いっちょやってやるか!!!!お前らさっさと逃げろ!

(巴円)

さすがに、足が震えるね、これは。円、西側にいるんだね、加納さんは、相変わらず
無鉄砲だなぁ、、この状況であんなに落ち着いてるのは凄いよなぁ・・。
さて、新委員長も決まった事だし、ちょっと頑張りますかぁ〜。
瀬尾一門の本家本元の子息、瀬尾都紀。期待してるよ。

(神野 達郎)

うっぜ!邪魔!どけ!!死ね!!!!って、あぁ、やっと届けれたし。
やったよー、リーダー。さて、こっからどうすんのよー、この状況。
さすがにビビるわ、この数!!
さて、頼むよ、新リーダー。略してちっこいの。いてっ、邪魔だ、ボケぇぇ!!
早く逃げろ!!!

(加納 由香利)

体育館の中で、無数の悪霊が飛び交っている。生徒達も20人程逃げて、やや動きやすく
なったかも。体育館から外に出た悪霊もいるね。

僕は、口にヘッドセットのマイクをぐっと近づけて、言った。
「瀬尾一門、瀬尾家、瀬尾都紀です。よろしく」
そう言うと、ヘッドセットから声が聞こえてきた。「よろしく!」「実力見せてくれ!」
「挨拶してる場合かよw」「よろしくな!」「頼むぜ、新委員長」

僕は、パイプ椅子に登ったまま声に耳を傾け、体育館すべてをぐるりと見回した。

体育館出口の付近で、女性教師が必死に生徒を誘導している。叫び声、悲鳴も響き続けている。
パイプ椅子を振り回し、必死に応戦している、背広を着た教師が叫んだ。「アクジョ委員っ!!」

舞台の上の誠児に目をやる。僕の方を見て、こくり、とうなずいた。

とうとうこの時がやってきました。

照(あきら)、僕、照が瀬尾家当主として勤めを果たす分、ここで僕も頑張るからね。


行くよ。

「倉北高校、悪霊駆除委員会ぃぃぃ!!!!!!!!行くぞぉぉぉ!!!!!!!!」

誠児の気合の入った叫び声が、体育館に響いた。

(瀬尾 都紀)3

■6

バネのように、上半身が右回転する。左手で腰の呪符を一枚取り出した都紀はそのまま
反動のようにもの凄い勢いで呪符をほうりなげた。
紙を空中に投げた時のような空気抵抗もなく、都紀の上半身から加えられた力そのままに
呪符は光をまとい、まるでブーメランのような軌跡で体育館を舞った。
そのまま、間をあける事なく都紀の右手は呪符を掴み、今度は体育館の扉めがけて
まるで手裏剣をなげるかのように投げた。
彼の手を離れた呪符は例外なく黄緑色の怪しい光を放ち、そのスピードは時速100キロを
超えた。
光る呪符は、体育館から逃げる生徒を追う悪霊の体を切り裂き、そして消していく。
呪符により切り裂かれた悪霊は、光の粒子になりばらばらに散っていった。

ガシャッ!とパイプ椅子が倒れた。その時、都紀は既に空中にいた。
悪霊達がいた床上2m以上の場所まで跳び、さらにそこから新たな呪符を投げていた。三枚の呪符は
それぞれ楕円形の軌跡を残し、回転する。

空中で一回転し、着地した都紀は呪符の軌跡を目で追った。その眼差しは、普段の穏やかさを微塵も感じさ せない。
パイプ椅子を蹴散らしながら必死に逃げる男子生徒、それを追う二体の悪霊。
うすく、ぼんやりとした白い光をゆらしながら、悪霊は漂う。生徒の駆け足と同じくらいのスピードで、ゆ っくり
しかしじわじわと移動し、追い詰めていた。
その体が、黄緑色の閃光に切り裂かれる。一体の悪霊が散る。もぅ一体は進路を変え来賓席の父兄にターゲ ットを買えた。
逃げ遅れた30代の茶髪の女性に近寄る。女性は完全にパニックになり、「はっ、はぁっはぁっ」と息を乱 していた。
悪霊を正面に据えた状態で、後ずさりしながら逃げる。パイプ椅子に邪魔をされなかなか逃げ切れずにいる 。
女性の目の前まで三体の悪霊が近づいた時、二枚の呪符が視界を遮った。正確に言えば、ただの派手な黄緑 色の光の帯だ。
風を切るような轟音がしたのち、見えたのは、軌跡を残し舞う二枚の呪符、のようなもの。
黄緑色の光が悪霊をとりまき、そして消していく。 白いぼんやりした光の球体が、粒子になり散っていく のだ。
「はやく!」女性の手を取ったのは高志紀加奈子。中腰になりかがんでいた女性は加奈子の顔を見上げた。
加奈子は顔中に汗をかき、耳まで真っ赤になっていた。

遠巻きに、女性と加奈子がパイプ椅子をよけ走り出す姿を見、都紀はまわりを見回しなおす。振り向いたそ の瞬間、
目の前に大きく口を開けた悪霊がいた。「!!」白い光が、こんな近距離ではまぶしいなんて。
悪霊との接近戦はこれが始めて。一瞬躊躇する都紀だったが、次の瞬間すぐに後方へ跳躍した。

後ろも見ず、後方のパイプ椅子を蹴る。スペースを確保。悪霊との距離1m程。都紀の瞬間的な動きに対応 できず
悪霊は噛み付くようなアクションを見せる。空振り。残念。しかし、いかんせんパイプ椅子が邪魔すぎる。
次の呪符を腰のスリットから取り出す。右手で、手首のスナップをきかせる。掌屈、呪符装填。背屈、呪符 発射。
瞬きの間も許さない高速な動作で、呪符を排出していく都紀。二枚の呪符が目の前の悪霊を散らせた。

ガッシャーーーン!!ひどい音がする。金属と金属のぶつかり合い。それも一度ではない。二度、三度。
「うぉらぁぁぁぁ!!」野蛮な声のおまけ付きだ。都紀から見て10時の方向。女子高生が暴れている。し かも、バットを持って。


悪霊を浄化させた呪符はボロボロになり、まるで焼け焦げたように床に落ちていた。
なんとか原型をとりとめているその呪符をパイプ椅子の足元から拾い上げ、かがんだままの姿勢で
金属音がする方向へ目を向ける都紀。視線の先には、先ほど呪符とヘッドセットを押し付けてきた女生徒の姿があった。
逃げる悪霊、生徒を追う悪霊、暴れる女生徒の周辺を旋回する悪霊、
すべてに対して、いきあたりばったりに、間合いに入った目標にバットをふりかざす。
バットを駆使し、暴力的な攻撃を仕掛ける悪霊駆除委員2年生、加納美紀。
その攻撃方法とはあまりにもイメージのかけはなれたルックス。恐らく校内でも一番ではないかと思えるほど肌は白く、
胸元まで届く明るいめのストレートの髪、整った容姿、大きな目をしていた。
165cm程度のその小さな体は、どこからそんな力が出るのか不思議なくらいコンパクト。
木製に比べて幾分軽いといっても、それでも金属バットをあれだけ何度も何度もフルスイングするのはかなり体力がいるはずである。
また、悪霊に命中せず振り落とされたバットがパイプ椅子にぶつかるその反動は、かなりの衝撃をその細い腕に伝えていた。

よく見ると、バットは薄くだが紅色に発光していた。
「あれ・・なんだ・・」発光に対してか、美紀の破天荒な攻撃方法に対してかは分からない一言をこぼす都紀。
除霊能力をもたない一般委員は、誠児による封呪術により浄化能力を自分の武器に封じてもらい、
それをもって悪霊駆除をしていた。その効果は都紀の呪符と比較にもならない程度だが、そこに物質的衝撃が加わり
なんとか悪霊を散らすことができている。

体育館からは随分生徒も父兄も教師も逃げ、記憶を喰われた人々もふらつきながら体育館外へ歩き初めていた。
それでも多少移動しづらいのは、最初は綺麗に並べられていたパイプ椅子が倒され、不規則に散らばっているからだ。
悪霊達は人が少なくなった体育館の天井や空中をぐるぐると旋回し、そのうち数体は生徒達を追い体育館外へ飛び出した。

ガッ!ガン!ガシャン!耳がキーンとするほどの金属音、ふぉぉっと大量の悪霊が旋回する音、「でりゃぁぁ!!」美紀の叫び声が響く。
都紀は腰をあげ、美紀の方向へ歩き始める。委員会全員の連携を取るのが目的だ。そして、その変な女生徒にも興味があった。
手や足でパイプ椅子を蹴散らしながら歩き、都紀は周辺を見回す。シャーっとノイズがヘッドセットから聞こえる。
「k・・憶を喰った・・ジジッ・・悪霊どんだけだ!?ジッ」振り返ったかなり先、反対側の出口周辺を走るめがねをかけた
男子生徒が喋っているようだ。もぅ、委員全員が目で確認できる。舞台壇上でかがんでPCを叩くモバイルPCの生徒が応えた。
「4・・いや、g o ・・ジジッ 6体じゃない、今数えてる・・10超え・・たぞっ!急いで!」
「やっ・・ばい・・なぁ」「屋外へ逃走したあ・・くりょうを ジジッ 追うわ!」誠児と最初に問いかけた男子生徒の声がかぶる。

その頃、高志紀加奈子は複数人の生徒を引率し、体育館から脱出していた。

美紀は無線に応える暇もなく、じりじりと移動しながらバットを振り続けていた。額から汗をかき、顔面はテカテカと
光を反射させていた。美紀のもとへとたどり着いた都紀は、その間に4枚の呪符を発射させ、6体の悪霊を散らせている。
その早業を遠巻きに見ていた巴円(ともえまどか)は「おぉ」と声をあげた。「あぁ?」誠児が無線で応える。

女生徒の背後に近づいた都紀、その気配、パイプ椅子の音に気づいた美紀は上半身をひねらせ、背後へバットをふりかざす。
その瞬間、「おいこら、新委員長!指示しろよっ!」という声が無線、肉声両方で聞こえる。「ふぉぉっ!!!」
突然バットを自分めがけ振りかざされた都紀は慌てて中腰になりかがんだ。ブンッ!!とバットが風を切る音が頭上を通過する。
「あれ?」ホームランでも打ったかのようなポーズで後ろを見る美紀。視線を足元に落とすと、ちぢこまったちっこい男の子がいた。
「あっぶねぇ・・あっぶねぇ!!」都紀は顔面蒼白になり、歯をガタガタいわせていた。目にはうっすらと涙がたまっている。
何すんねん・・という顔で、美紀の顔を見上げると、美紀は「へ」と言い、左手でガッチリ握っていたバットをカクン、と倒した。

「都紀っ、俺外行くか・・らっ!ジジッ 円せん・・ぱい、一緒に!」「あいよ」「都紀、加納先輩、・・か・・んのジッ先輩、
館内よろしくっ!」「りょーかい」
誠児と、出口周辺を走っていた巴円、舞台上でPCを触る神野達郎の三人の会話が無線から聞こえる。
それを聞いた美紀と都紀は同じ方向へ視線を向ける。南側の一番大きな出口、外ではなく校舎内に続く出口を開け
二人が出て行くのが見える。誠児はふと都紀をみて、「おい!都・・き!聞いてんのか!!」と叫ぶ。突然バットで殴られそうになり、
腰がぬけ床にすわりこんでいた都紀はびくっとして、パイプ椅子の上から頭、目だけを出してまるで小動物のように
出口で振り向いている誠児をにらんだ。「わんっ!!」「は?」「わんっ!わんっ!」「はぁ?マジ聞いてるのか?」「聞いてるよ」

「しっかりしろよ・・館内の悪霊をなんとかしてくれ! ・・このままだ・・と無元悪霊魂が発生すっぞ!」誠児が叫ぶ。
美紀は自分の足元に座り込んだ都紀を見下ろし、きょとんとしていた。都紀は相変わらず頭だけ出して「わぁってるよ」と応える。
間髪入れず「こっちで、悪霊の・・ジジッいる場所は把握できる・・し、記憶を喰った固体も確認できるんだよ」壇上の神野達郎が
都紀の方を見て無線で言った。ちょうど、都紀と美紀は体育館の中央にいる。達郎がいるのは誠児と円の反対側。
背後からの肉声にもふりかえらず都紀は「え、なんでそんなんわか・・るの?」と応える。パイプ椅子に手をかけ少し立ち上がる。
旋回していた美紀の頭上の悪霊が急降下してきた。「!!」巴円と誠児はハッとその姿を凝視するが、美紀は待ってましたとばかりに
またバットを構え、思いっきり悪霊目掛けて振りかざした。ブォン!!風を切る音。ふぁぉぉぉぉ二体の悪霊の体に激突。
悪霊は白い光を粉々に散らせて、消え去った。そのまま、また金属バットは都紀の頭上を通過した。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」ほとんど涙声の都紀。強烈な悲鳴であった。振り切った美紀はやりきった顔でニンマリした。
「校内に、いくつも温度センサーが張り巡らされてて、無線LANでその状態が10秒ごとにPCに送られてきてモニターできるんだ!」
ノイズのない綺麗な声がヘッドセットから聞こえる。こんな時にも神野達郎は無駄に落ちついている。
質問した当の都紀はそれどころじゃない。もぅ、見境ないこの金属バットに恐怖していた。あぁ、確かに悪霊はすごい高熱を
発しているもんなぁ、と答える暇もなく。

一部始終を見ていた誠児と円は南側の出口から出て、薄暗い廊下を走りだした。足音だけが響く。
二人の後を数人の生徒が続く。かなり人数が減った。「都紀、加奈子ちゃんどっちいったか見てたか!?」
美紀や都紀のもとへ、ヘッドセット越しに誠児の声が伝わる。美紀は「誰・・加奈子って」と答えた。バットを床に対して
直角に立て、一息ついていた。肩が上下にゆれる。満身創痍状態であった。
「ん・・?加奈子? どして?」都紀はヘッドセットを右手で押さえ、左手でパイプ椅子を握った。目はなぜか美紀を見上げている。
美紀は都紀を見下ろし、自己紹介もままならないまま、「加奈子って誰?」と目を大きく広げて都紀に問いかけた。

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